時事問題

2007年7月18日 (水)

貧困のリスク要因

またもや貧困問題です。別に野次馬根性ではありません。小生は投資と貧困を裏表の関係でとらえているので、貧困や格差の問題を他人事だと片付けられないだけです。気楽に35年住宅ローンを組む同僚の方こそ、まったく理解できません。

で、今回は、岩田正美『現代の貧困』(ちくま新書)を読みました。さすがに貧困研究の第一人者だけあって、新書であるにもかかわらず、議論の運びが丁寧で、貧困問題を学ぶ上で大変参考になる良書でした。とくに2章「貧困の境界」は、貧困の定義をめぐる理論的また実務的な議論が整理されていて、勉強になります。

面白かったのは、貧困と結びつきやすい項目を考察した箇所です。その主な部分をとりだすと、

未婚(オッズ比 3.37)

離死別経験(同 5.81)

中卒(同 3.92)

子供3人以上(同 4.55)

とあります。(同書、91頁、表7。)

ここでオッズ比とは、ある事象(貧困)が発生する確率と発生しない確率との比率なので、例えば未婚者の場合、既婚者の3.37倍の貧困リスクがある、ということになります。

数百人の女性のみから得られたデータのようなので、この結論を男性も含めて一般化することは避けるべきですが、単に所得や就業上の地位だけでなく、学歴や婚姻、子供の数なども含めて、貧困に陥るリスク要因をざっくりつかむことができます。

貧困対策は総合的でなければならない、ということがここから導かれる政策的含意ですが、個人としても、上述のリスク要因を認識して、人生の落とし穴に対処すべきです。オッズ比はありませんが、既婚男性の場合は、離婚が貧困に大きく寄与するようなので、気をつけなければいけません。

もっとも、少子化の時代に子沢山な世帯が貧困になるのは、どこか社会が歪んでいるとしか思えないのですが。。。

2007年7月13日 (金)

貧困と病気

格差社会論とのつながりで、先日ぼんやりと生活保護について統計を眺めてみました。これまでじっくり統計を調べたことがなかったので、いろいろと発見がありましたが、中でも印象に残ったのは、医療扶助が生活保護制度においてきわめて大きい位置を占めていたことです。

2004年度についてみると、生活保護世帯の9割近く、8.8万世帯が医療扶助を受けており、金額ベースで見ても、扶助総額2.5兆円の半分以上が、やはり医療扶助で占められていました。

この理由を考えてみたのですが、医療扶助は現物給付(お金は医療機関に払われる)なので、お金目当てで申請するケースは考えにくく、本当に治療を必要とする方が多いのだと思います。そこで、医療扶助の内訳をみると、総数115万人のうち、精神疾患(行動障害を含む)が20万人と突出しており、とくに入院患者では48%が精神疾患に分類されています。患者調査の結果と比べると、異常に高い比率です。

つまり、生活保護を受ける方々は、そこに至る過程で様々な困難や挫折に直面し、アルコール中毒や薬物濫用のケースもふくめて、メンタルヘルス上の問題を抱えている方が多い、ということになります。

したがって、少なくとも医学的な観点からは、貧困者は多くが病人であり、本人の自立を促すためにも、まずは健康上の問題を解決する必要がある、ということになります。病気には治療が必要ですから、単純な自己責任論で片付けることなぞもっての外だと言わねばなりません。

思うに、生活保護の基準をあまり厳しくしすぎると、単に所得や資産が無いばかりか、身体的・精神的にも深刻に病んでしまい、もはやどうすることもできなくなってはじめて保護されることになる。そのために、被保護者を自立させるのに時間もお金も嵩んでしまい、かえって生活保護という制度の効率性を損なってしまうのではないでしょうか。

早期発見・早期治療の視点は、貧困対策においても有効だと思うのですが。専門の方のご意見をお待ちしております。

2007年7月 1日 (日)

努力プア

中野雅至氏の『格差社会の世渡り』(ソフトバンク新書)を読みました。前に、氏の『高学歴ノーリターン』(光文社ペーパーバックス)で衝撃をうけた経験があるので、書店でみかけるやすぐに購入しました。

本書でも、「学歴は下流回避保険」「金持ちはアピールがうまい」「人は見た目が10割」など、なるほどと唸らせる指摘が多く、一気に読み終えました。略歴を拝見すると、厚生労働省におられたようですが、官僚出身とは思えない柔軟なカテゴライズに脱帽です。

とくに興味深かったのは、日本の社会階層を3つに区分し、格差社会を将来展望した第6章です。3つの階層とは、

1、富裕層(支配階級)

2、高学歴ノーリターン層(努力プア①)

3、ワーキングプア(努力プア②)

を指します。

1と3に異論はないでしょうが、2は氏の独自の概念です。詳しくは本書の第2章を読んでいただきたいのですが、幼少時から刻苦勉励し、親も塾や私学など莫大な教育投資をして、東大はじめ超一流大学を出たにもかかわらず、長時間の残業をしても年収1000万円程しかとれないのは、要するに割に合わない、ということです。

努力が報われない点では、まさにワーキングプアと同じです。

よって、エリート正規労働者であっても、非正規労働者と同じく「努力プア」と一括しうるわけですが、両者は反目しあうことが多いため、本当の対立軸である「富裕層」対「努力プア連合」がかき消されてしまう。結果として、富裕層と努力プアとの所得分配(7:3)は手付かずのまま、努力プア内部の分捕り合戦(再分配)に終始する。これが氏の基本的な社会認識です。

悲観的といえば悲観的ですが、派遣やパートに対する正社員の態度を見聞するに及んで、小生もかなりの同感です。マクロ的に見れば、貧しい農民が被差別民を蔑視し、プアホワイトが人種差別に狂奔するのと同じ構図で、もちろん支配階級は安泰です。

労働分配率の是正については、組合や政治でしっかり対処してほしいものですが、個人としても、例えば、大声でボーナスの使い道を騒ぐような無神経な会話に参加しない等、職場にいる非正規の方々に気を遣うとともに、稼げるうちにしっかり資産形成して自己防衛を図ることが、大切だと思いました。

2007年6月30日 (土)

ワーキングプア

小生は読書が趣味です。学生時代は難解な哲学書や世界文学などにも挑戦しましたが、最近ではもっぱら、投資本などのファイナンシャル・プランニング(FP)に関するものと、貧困やワーキングプアに関するルポルタージュを読んでいます。

少し前までは、フリーターやパラサイト・シングルを自由な労働や豊かな消費スタイルとして描く議論が多かったように思いますが(シングル・マザーですら「女性として勝ち組」と呼ばれていたと記憶しています)、いまや論調はがらりと変わりました。

D.K.シプラー『ワーキングプア』(森岡他訳、岩波書店)や、NHK取材班『ワーキングプア』(ポプラ社)はじめ、関連する書籍を開いてみると、「一生懸命働いているのに報われない」「明日に希望が持てない」「生活保護以下のくらしを余儀なくされる」といった言説ばかりが目に止まります。

ワーキングプアの人数については諸説あるようですが、いくら努力しても脱出できない、働いても報われない、という状況にある者が数百万人にも達しているとすれば、これは今日の資本主義社会そのものを揺るがす深刻な事態ではないでしょうか。

勤勉と節約によって成功への道が拓かれるという「資本主義のエートス」(M.ウェーバー)が損なわれることで、現在の格差社会は不公平であるばかりか不道徳でさえある、ということになってしまうからです。

しかも、ルポルタージュを読むとわかりますが、ワーキングプアへの転落は決して特殊な人々の問題ではなく、高学歴で高収入のサラリーマンも含めて、誰にでも起こりうることです。

小生のような30代の正規社員でも、会社の倒産やリストラは言うまでもなく、交通事故やうつ病、さらには痴漢冤罪によってすら、簡単に職を失い、思うように再就職できずに貧困に落ち込んでしまう、ということは十分に考えられます。また、生活費を補填するために軽い気持ちで利用した消費者金融の借金がとんでもない額になった、うっかり知人の連帯保証人になってしまい莫大な負債を背負ってしまったなど、落とし穴はいくらでもあります。

つまり、ワーキングプアに陥る原因は様々であり、必ずしも自己責任だけではないということです。言い換えれば、決して他人事ではない、ということです。(この世の春を謳歌するIT長者だって、株価急落や手形不渡でいつ転落するかわかりません。)

小生が貧困ものの書籍を読むのは、一社会人として日本社会のあり方に問題関心を抱くのみならず、それを自分自身の問題として認識しているからです。正規社員のなかには非正規を蔑視し嘲笑する人もいるかもしれませんが、勘違いも甚だしいと思います。

じつは、小生が「最低でも生活費2年分は預貯金等でもつべき」と強調するのは、中年男性の失業リスクを想定してのことです(木村剛氏の『投資戦略の発想法』アスコムでも大書されています)。本当は、「生活費10年分」といいたいところですが、そうすると投資による複利効果が得られないままに定年を迎えるので、最低2年分としているわけです。

ただ、自己防衛にも限界があります。やはり社会として、ワーキングプアから脱出する仕組みを整えるべきだと思いますが、日暮れて道遠しとの印象です。政府は「再チャレンジ」を強調しますが、雇用保険の基本手当や教育訓練給付は、他の先進国に比べて決して十分とはいえませんし、企業側の正社員採用も、もっぱら新卒ばかりです。そして、欧米のような職能給制ではないため、首尾よく再就職できた場合でも、収入ががた減りするのが通例です。

努力が正当に報われる社会をつくるのは簡単ではないでしょうが、国民一人ひとりが自分の問題として、しっかり考えてゆかねばならないと思います。

2007年6月21日 (木)

偽装請負

『偽装請負』(朝日新書)を読了しました。小生は朝日新聞を購読していないので、元になった特集記事は見ていなかったのですが、この手の社会問題の取材はさすが大朝日です。遅まきながら、製造現場の実態を知ることができました。

読書中、何度も感じたのは、労働者に知識-この場合は労働者派遣法と職業安定法-が無いことを承知のうえで、企業側は違法な製造派遣を続けていたということです。多少とも知識がある者なら直ちに違法とわかる程度のことが、天下の大企業で白昼堂々横行し、弁護士も組合も問題にしない。国会質疑を受けるまで、厚労省も積極的に指導しない。

これはおそろしいことです。

経営者が人件費削減に奔走し、うっかり一線を越えたというなら、まだ話はわかります。小生が怖いと感じるのは、それを弁護士や社労士や組合専従や厚生労働省など、労働法制の専門家たちまでが、事実上、黙認してきたことです。

「無知は言い訳にならない」とは法治国家の原則ですが、相手の弱みに付け込み、「無知な者が損をする」社会は、やはり歪んでいると思います。相手が無知であるなら、せめて基礎的知識の啓蒙・普及に勤めるのが、専門家の役割ではないでしょうか。

政治・法律・経済等に関するリテラシーを高め、生活の基盤を各自でしっかり固めることは大切ですが、人間には能力差も運不運もあります。自己責任を問うべき問題と問うべきでない問題を弁別し、強者に自己抑制を求めるような社会であってほしいものです。

めずらしく憤った記事になりました。。。