日記・コラム・つぶやき

2009年5月31日 (日)

ホームベーカリー

定額給付金を受け取ったので、その趣旨に沿って、ささやかながら内需拡大に貢献することにしました。(もちろん、子どもの給付金には手をつけません。)

数万円なので自動車は無理ですが、家電なら買えるということで、前から欲しかったホームベーカリーにしました。ベーカリーには専業メーカーもあるようですが、初心者なので、とりあえずパナソニックにしました。

機種は最新のSD-BH102です。お餅はつくれませんが、各種パンは作れるし、タイマー予約もできるし、何より1万6000円と安価です。

実際に使ってみましたが、生地をこねるときの音も静かですし(デスクトップパソコンの方がうるさいくらいです)、材料と水を入れるだけという手間いらずもすばらしいです。タイマーをセットすれば、朝には何ともいい香りが漂ってきて、目覚まし代わりにもなります。

肝心の味ですが、とりあえずレーズンとカボチャの種とアーモンドを混ぜてみたところ、これがうまい。いろいろためしながら、マイ・フェイバリット・レシピを見つけたいと思います。

 

マクロ経済の専門家は定額給付金など無意味だと批判してますが、どうなんでしょうか。いずれ自然治癒するからと患者を放置する医師はいないわけですし。。。

2008年12月22日 (月)

つくづく投資はわからない

この間の株価低迷と円高進行で小生の資産もみるみる融けておりますが(文字通り「金融」資産)、米国割引債だけは急騰して大幅のプラス。金利動向をみて、ドルのまま一旦利益確定する手もあるかなと考えてます。

主力の株式投信・ETFが壊滅状態で、20年先の学資用にと子供名義で買った外債で利確を気にする。つくづく投資の成否は事前にはわからないものです。

今から振り返れば、サブプライム危機が認識された時点で、リスク資産から安全資産への逃避や、市場安定化のための利下げにより、米国債の価格上昇(+日米金利差縮小による円高)は、充分に予想できたともいえます。そして、予想に従い、ドル建債券を買い増しつつ早めにドルをショートしておけば、ひと儲けできたかもしれません。

ですが、プロでも難しいのが将来予測。小生としては、意図せざる幸運に感謝し、分散投資を続けるだけです。

 

「どんな中途半端な金儲けの方法でも、あなたに運があればうまくいくだろう。けれども、あなたが不運なときは、どんな方法もうまくいかない。・・・運こそが、投機の成功や失敗において最も強力な要因である・・・」(ギュンター『マネーの公理』、日経BP社、117頁より引用)

 

トータルでは大きな含み損なので運勢はなんともいえませが。。

 

投資について一言。リスク性資産の価格変動幅が落ち着くまで、追加投資額をすこし減らす予定です。金利も商品・原油価格も低落し、なんとなくデフレ再来の空気なので、無理に投資する必要はない、という相場観もあります。

相場をゆっくり眺めながらですが、半年から2年ぐらいは(もしかすると10年以上)、貯金という一種の「資本注入」に重きおき、家計の財務的安全性の向上に努める所存です。

2008年11月12日 (水)

久しぶりの更新

しつこいかぜ症状に3週間ほど往生しました。ついに大往生かと覚悟しましたが、抗生剤とロキソニンが奏効してようやく復活しました。とはいえ、まだのどが少し痛いですが。。。

健康も相場もぱっとしないときは、なにもせずじっとするのが一番です。幸いにも熱や頭痛がないので、ベットに読書灯をとりつけて、古典をぼんやり眺めてます。

・・・というわけで、『ベーコン随想集』の「富について」からの引用。

 

「確実なもうけに頼る者は、巨富をもてそうもないし、またすべてを投機に委ねる者は、しばしば破産して貧しくなる。それゆえ、投機を確実なもので守って、損失を持ちこたえるようにするのは、よいことである。」(岩波文庫版、160頁)

 

ベーコンが(ニュートンのように)投資で損失を出したかどうか知りませんが、給与や預貯金で投資の含み損に持ちこたえるようにすることは、たしかによいことです。

というか、リスク性資産の時価が変動するのは当たり前なので(円建ての預貯金だって外貨ベースでは価値が大きく変動している)、慌てず焦らず正確に、今後とも分散投資を継続するつもりです。

 

 

あれ、岩波文庫版は品切れなのかしら?結構好きな書物なんですが。。。

2008年10月19日 (日)

読書の秋

相場は大荒れですが、穏やかで気持ちのいい季節になりました。休日の日中は家族サービスに従事せねばなりませんが、子供が早く寝付く分、夜は静かに読書できます。

そんなわけで、本棚を埋めている筋悪の投資本は一斉処分して、歴史や自然科学の良書に親しむ予定です。おすすめ本がありましたら、ぜひご教授ください pig

 

それにしても、「株価下落で大丈夫ですか」と心配そうに(または嬉しそうに)何度も質問されますが、お生憎様。お金の具体的な話はしない主義ですし、小生の投資法について聞きたいのなら、ボーグルの『マネーと常識』を推薦するだけです。

 

 

原題の Common Sense Investing に込められた意味を、しっかり理解したいものです。

2008年8月 1日 (金)

通信簿

仕事柄、他人を評価することばかりしているので、たまには自分を評価されたいと思い、「ブログ通信簿」に挑戦してみました。

http://blogreport.labs.goo.ne.jp/

にアクセスして自分のブログページを入力するだけで、数秒後に通信簿がもらえます!

 

カズプーの通信簿は、以下の通りです。

Tushinbo_img_2

ごく平凡な点数ですが、やや主張度が高い文化祭実行委員会タイプで、経済評論家を目指すべきだとの講評。なかなか的確なご指摘ですね。

 

興味ある方は、ぜひ、どうぞ pisces

2008年7月24日 (木)

暑く長い夏

蒸し暑い日々が続いています。小生は毎日最寄り駅から職場まで15分ほど歩いていますが、シャツも下着もぐっしょり濡れて、ひどく不快です。ネクタイとジャケットの装着が必須でないことが、せめてもの救いでしょうか。

ただ、暑いからといって装いも振る舞いもラフでいると、たちまち下卑て不潔にみえるのが中年オヤジの悲しさ。せめて立ち居振る舞いだけでもしゃんとしたいものです。

というわけで、バルザック「歩き方の理論」から。(引用は山田登世子訳『風俗のパトロジー』新評論)

「ゆったりとした動作には必ず威厳がつきまとう。」(118頁)

「ぎくしゃくとせわしない動作は悪癖や育ちの悪さをうかがわせる。」(119頁)

「動物の動きが優美なのは、めざす目的に必要なだけの力しか決して使わないからである。」(139頁)

なるほどねー dog

2008年7月12日 (土)

女女格差

格差論の第一人者、橘木俊詔氏の『女女格差』を読みました。タイトルはセンセーショナルですが、公的な統計に基づいて慎重に分析をすすめており、中身は至って真面目です。

とはいえ、女性の格差を論じるわけですから、出身階層や学歴、所得のみならず、結婚と未婚、子供の有無、一般職と総合職、さらには美人と不美人に至るまで、多様な側面から検討がなされます。

とくに最期の項目など、若い女性には気になるところでしょうか。

分析結果については本書を読んでいただきたいのですが、小生が注目したいことは、著者が繰り返し個人の自由を強調し、特定の生き方を強要しないということです。

例えば、統計的分析の結果としては、専業主婦の方が子供が多いとか、女性は30代後半にもなると妥協して結婚するより未婚を選ぶとかいったことが、明らかにされます。

だからといって、少子化対策のために既婚女性は家に入れとか、「負け犬」を結婚させるべきだとか、そういったことは一切語られません。結婚や出産はあくまで個々人の自由であり、国家が口出しすべきではない、というのです。

「○○の品格」はじめ、女性論がともすると特定の生き方を強制し、ひいては男性にもそうした強制をする嫌いがあるように感じるだけに、好い印象を受けたわけです。(フェミニストからの批判を意識したのかもしれませんが。)

ところで、小生にとって一番興味を引いたのは、子供に関する部分です。

子供が社会全体の宝である、少なくとも将来の労働力や税・社会保障負担者という意味でそうである、という指摘は、まったく否定できません。(子供にとっては迷惑でしょうが。)

同時に、子供は親の「選択」の結果なのだから親の私的な財であり、自らの成長によって多年にわたり親に満足を与える耐久消費財である、という指摘もされています。

耐久消費財としての子供。うーん、どう考えるべきなのでしょう・・・ coldsweats01

(男は消耗品である、という議論をかつて読んだことはありますが)

2008年7月10日 (木)

ツァラトゥストラはこう言った

折を見てぽつりぽつりと『ツァラトゥストラはこう言った』を読み直しています。最初は職場で思うところあって手にしたのですが、氷上英広氏の翻訳がきわめて詩的で読みやすく、岩波文庫とは思えない(?)文体です。

解説をみると、あえて脚注は一切つけず、また口語訳聖書なども参考にしつつ日本語としての自然さを大切にされたそうですが、日頃哲学書を読まない素人からすれば、大変にありがたい試みです。

また、ニーチェ自身、詩ないし寓話としての文学作品的な装いを『ツァラトゥストラ』にもたせているので、そうした著者の意図を汲んだ点でも、名訳といえるのではないかと思います。

ようやく上巻(第1部、第2部)を読み終えたところで、クライマックスにはまだ達していませんが、印象に残った箇所をいくつか引用したいと思います。(カッコ内は引用、すべて岩波文庫版の上巻より)

「すべての書かれたもののなかで、わたしが愛するのは、血で書かれたものだけだ。血をもって書け。そうすればあなたは、血が精神だということを経験するだろう。」(62頁)

「大いなる魂たちのために、いまもなお自由な生活がひらかれている。まことに、物を持つことのすくない者は、それだけ心を奪われることもすくない。ささやかな貧しさは讃えられるべきかな!」(82頁)

「どんなに甘い女性でも、やはり苦いものだ。」(110頁)

「弱者が強者に仕えるのは、より弱い者に対して支配者になろうとする弱者の意志が、かれを説き伏せるのだ。このよろこびだけは、かれは捨てようと思わない。」(197頁)

まだまだあるのですが、今回はここまで。寝苦しい夜のお供にどうぞ。

2008年6月14日 (土)

プチ園芸療法

子供が通う保育園のご好意で、この春から1坪ほどの農地を借りて、プチ家庭菜園を営んでいます。1坪とはいえ、土いじり初体験者にとってはじつに広大で、スコップ片手に畝をつくり、鶏糞を混ぜ、雑草を取り・・・などしていると、あっという間に数時間になります。

今のところ、なす、ミニトマト、しし唐、リーフレタスが順調に収穫できており、これから小松菜や青梗菜を育てる計画です。(お隣の農家にかなりお世話になっているので。。。)

これまで畑の手入れはほとんど家内に任せてましたが、小生も久しぶりに作業してみると、一心不乱に大地と向き合うせいか、いい気分転換になりました。(家内も育児の気分転換になるそうです。)

仕事のストレスでイライラしがちな毎日ですが、今日は久々にリフレッシュ。プチ園芸療法(?)というべきですねhappy01

2008年6月13日 (金)

限度を知らない

縁あってここ10年ばかり医学生に講義をしていますが、最近とみに痛感するのは、限度を知らないヤツ(男女)が増えてきた、ということです。比率で言うと、10%から30%に増えた、という印象です。

こちらが話しているのに私語をやめない、というだけでなく、ケータイやモバイルでメールをやめない、iPODのイヤホンをつけて堂々と音楽鑑賞する、菓子を片手にマンガを借りに講義室内をうろつく、果ては90分の授業なのに80分遅れて出席したと強弁する等、こちらが注意を控える限り、増長してやみません。

かといって、全体に対して注意しても自分のこととはつゆ思わず、個別に注意されるに及んで、却って逆ギレします。下手をすると、こちらがハラスメントで訴えられかねません。

また、真面目に受講している者も、内心では迷惑に感じてはいるのでしょうが、互いに注意しあうなどの行為はみかけません。むしろ、「あいつらはバカだから・・・」と、ばっさり切り捨て、放っておくように見えます。(仕方ないのかもしれませんが。)

つまり、講師と受講生のあいだ、また受講生同士において、互いへの配慮とか気配りといったものが著しく希薄になり、自分の利益のみを追求する個人がたんに一同に介している、ということです。社会学の言葉を借りれば、目の前にいるのはただの群衆にすぎない、ということでしょうか。

ただの群集相手であれば、講義も自ずから変質し、よくて見世物、多くは街頭演説の類に堕してしまいます。街頭演説であれば、聴くも去るも個々人の自由であり、見世物であれば、菓子をほおばる態度もうなづけます。

問題は、こうした非教育的時間が学士号の要件をなす単位として公的に認定され、医師免という最強資格取得のための条件になることです。(さらにいえば、小生は国公立で講義しているので、小生自身を含む納税者に対する説明責任も果たせません。)

一つの解決法は、単位認定という権力を最大限に発揮して、強権的な立場から受講生に臨むことです。落第可能性というムチを振るうことで、受講生に自分の立場をわきまえさせるわけです。ただ、教育という観点からは、効果はあまり望めないでしょう。

他方は、互いのコミュニケーションを促す、規律を自主的に定めて遵守してもらうなど、とにかく上からの強制を控えて、受講生側からの自発的な改善を期待する方法です。ただ、これでうまくゆくようなら、最初から問題は生じないともいえるわけで、悩ましいところです。

しばらくは模索の日々になりますね。。。angry

2008年6月 8日 (日)

息苦しさ

相変わらず慌しい毎日です。今日も休日出勤でしたが、帰ってのんびりとネットをしていると、「秋葉原で大惨事」の見出しが飛び込んできました。

詳しい情報は報道にまかせるとして、小生の第一印象は、最近になって無差別殺傷事件が相次いでいる、格差や貧困を否定する御用学者もいるが、やはり実態は相当深刻で、いよいよ社会病理現象を惹起する水準にまで達したか、というものです。

もちろん犯人の責任は極めて重大ですし、社会に不満が募ることと無差別大量殺傷との間には相当の距離があるので、犯行に至る個別的心理的機序は無視できません。また、たまたまその場に居合わせなかった第三者が、今回のような大事件を軽々に扱うことにためらいもあります。

ただ、類似の事件が頻回に生じていることを考えると、社会的要因として今の日本社会の息苦しさ、あるいは生き苦しさを、否定できないように思えます。自分自身に対する攻撃ともいえる自殺率が高止まりしていることも傍証になるでしょうし(デュルケームのいう「社会的自殺率」)、社会経済的格差の拡大は、所得階層を問わず、一国民全体の健康水準を低下させるという、社会疫学(social epidemiology)の知見も参考になります。

それゆえ、犯人に対する司法上の判断とは別に、今回のような悲劇的な事件を予防するために、国として、社会政策ないし経済政策的な側面から、なんらかの手立て(プチ生活保護とかベーシックインカムとか住宅保障とか)を、真剣に考えるべきでしょう。

また、個々人においても、安易な自己責任論に煽られるのではなく、他人への信頼や互酬、公平への配慮が却って自分たちの利益になること(トクヴィルのいう「正しく理解された自己利益」)に思いを致して、互いに生きやすい日本社会を築くよう、努力してゆかねばならないと思います。

一介の給与生活者に出来ることなど限られていますけれども・・・think

2008年5月31日 (土)

久しぶりに

例年、5~6月は何かと忙しく、久しぶりの更新です。

忙しいながらも仕事とは無関係の本を10冊ほど読みましたが、一番印象的だったのは、中島義道『人間嫌いのルール』(PHP新書)、です。

この本は、なんというか、仕事に(友人や家族にも?)疲れて、もぅ他人に気ィつかうのはイヤ、という心境のときなどに読むと、とてもしっくりきます。無理して人に合わせなくてもいい、頑張らなくてもいいと、説得的に語ってくれるからです。

ただ、ひとりでいるためには、それ相応の条件を満たす必要もあります。同書では、有能・勤勉・誠実といった徳(要は他人にとやかく言わせない)、ということだけでなく、「普遍的競争」の外に出ること-他人の評価に振り回されない-が、不可欠だといいます。

小生の場合、「家族を遠ざける」気はないので、本質的には人間嫌いではないのだろうと思います。ただ、他人の評価に振り回されない、自分固有の世界を大事にする、という著者の教えは、メンタルヘルスの観点からも、心の指針にしたいと思いました。

以下、とても印象に残った箇所の引用です。

「作家として私がほとんど取るに足らないとしても、夏目漱石と比べて、三島由紀夫と比べて、太宰治と比べて、村上春樹と比べて、何になろう?もちろん、作品としての完成度や獲得した賞や売り上げ部数など、どこまでも客観的な評価はまといつく。だが、とにかく私にしか書けないものを書いているかぎり、「私は私だ」と居直れるのである。」(p.136)

2008年4月30日 (水)

おひとりさま予備軍?

前から話題になっている、上野千鶴子さんの『おひとりさまの老後』(法研)を読みました。購入時には、小生のごとき所帯持ちの中年オヤジが読んでよいものかと不安になりましたが、果たして読みはじめると面白く、一気に読了しました。

オヤジに対する痛い指摘もいくつかありますが、書かれている内容はどれも真っ当です。くらしやお金、介護、葬式といった、(シングル)ライフに生じうる各種のリスクを明確にし、ヘッジ手段を具体的に論じた本ですから、男性にも(男性にこそ)参考になります。

それに、もともと小生は、孤独が嫌いではなく、仕事での栄達よりも家事や趣味に楽しみを見出す性格なので、心情的には、「おひとりさま」に近いようにも感じます。「おひとりさま予備軍」とでもいうべきでしょうか。

 

 

・・・と言いつつ、毒男生活と同じように、家族のいる生活も満喫楽しているので、ただ状況に流されるだけの、日和見主義者というのが実態です。職場であまり出世できない男性の多くは、案外同じだと思いますが。(しかし、日和見だけに、簡単にくたばらないのが自慢ですね。)

 

まぁ、一家のオヤジとして、金融資産の明細(預金通帳、証券口座、保険証書)と遺言書(公正証書遺言)だけはちゃんとして、いざというときに家族に迷惑をかけないように準備したいと思いました pig

2008年4月28日 (月)

装い

だんだん蒸し暑くなり、仕事中にジャケットを脱ぐことが多くなりました。連休中は夏物を手入れしなければと感じるこのごろです。

さて、スーツといえば、小生愛読マンガ『王様の仕立て屋』の監修者、片瀬平太氏の『スーツの適齢期』(集英社新書)を読みました。マンガを繰り返し読むなかで、単なる薀蓄だけではなく、衣服の本質あるいは人生との関わりといったものを考えさせられたので、興味深く読むことができました。

あまり書くとネタバレになるので、とくに気に入った部分をいくつか。

「男の場合、自分のために装っているうちは、年はどうあれ、まだ子供だ。誰かのために、その場のために、ふさわしい装いを整えることができるようになって、はじめて大人といえる。」(13頁)

「王がいる国、あるいは、かつて王が存在していた国は、人々の装いの地下深くに「敬意」が根ざしている。敬意は、なにも王様に対してだけ向けられるものではない。」(22頁)

「一流品を所有したら、一流の振る舞いをしなければならない。一流の人間になるために自分を磨かなければならない。」(43頁)

至言と言うべきですね。drama

2008年3月11日 (火)

イイ男の条件?

出張中の電車のなかで、『勝間和代のインディペンデントな生き方実践ガイド』(ディスカバー携書)を読みました。20~30代の働く女性向けに書かれた本ですが、男性にも当てはまる提案が多く、また、家内や女子学生との会話で漠然と感じていたことが明快に書かれていたので、共感しながら一気に読了しました。

男性の立場から言うと、自立した素敵な女性(「インディ」)に選ばれるための条件は、かなり厳しいです。具体的には、経済力(年収1000万円をラクに稼ぐ)、自立した女性の尊重(俺様にもヒモにもならない)、そしてたゆまぬ成長(歳を重ねるごとに素敵になる)が必要というわけです。

そんな男おるんかいな、という(想定済みの)反論に対して、著者は一言。

世の中の男性はだめんずの方が大多数 

うーむ。家内に義理チョコもらって悲しんでいる、小生のごとき人畜無害な小人はどうしたものか coldsweats01

もっとも、著者は女性に対しても厳しいです。社会のなせる業とはいえ、外見ばかり磨いてイイ男を見つけようとするのは、宝くじを夢見るようなものだと一刀両断です。はっきりいえば、30代で600万円稼げない女性は、まずイイ男にも出会えないとのこと。

若い男女が素敵な恋愛(結婚)をするには、何より仕事に励む必要がありそうです。

付言。著者も再三断っているように、人の生き方はそれぞれで、そこに優劣はありません。小生の場合、円満な家庭生活が幸福の元だと信じており、また職業柄、若い男女と接する機会が多いので、本書から学ぶ点があったということです。(気を悪くした方はスルーして下さい。)

2008年3月10日 (月)

快挙!

ローゼンメイジャー氏が、ついにTVでネ申のボイスを披露されました!!出場されたのは、日本人なら誰もが知るあの番組

NHKのど自慢

これは快挙です!!

聞いたところでは、書類選考→予選会と2段階の選抜を勝ち抜いて本選に出場できる確率は数十分の一だそうです。しかも、単に唄がうまいだけではダメで、何か場を盛り上げるような才能も必要だそうです。うーん、すごいな。

金融機関勤務と紹介され、ビジネススーツにネクタイのいでだちで登場。引き締めた顔つきで何を謳うのかといえば・・・

Rusty Nail (X JAPAN)  フリ付

公共電波に乗せて魂の叫びを全国に発信したパフォーマンスに、会場もカズプーも離れて暮らす嫁&娘も大変に盛り上がります。

しかし一番よかったのは、アナウンサーのコメント。

明日からまた、お仕事、頑張ってください。

おあとがよろしいようで。

2008年3月 7日 (金)

Galaxy Express

原稿書きやら国際シンポのコメント作成やらで忙しい上に、一月以上「毒男」状態なので夜更かし・朝寝をとめる者もおらず、最近はめっきり夜型のカズプーです。

ただし夜の一人暮らしはちと寂しいので、アイポやYouTubeで音楽コンテンツを楽しむようになりました。そこで、最近見つけたのが、

銀河鉄道999 / EXILE  feat. VERBAL (m-flo)

ゴダイゴ往年の名曲をEXILEとm-floがカバーしたものですが、メチャクチャかっこええ!

麒麟 ZEROのCM以来、気になっていたのですが、3月26日発売のベストアルバム(EXILE CATCHY BEST)に収録されるようですね。うーん、久しぶりにCDアルバム買うかも。

視聴はアマゾンやHMVのウェブでどうぞ!(ついでにゴダイゴ版も聴きたくなります)

2008年3月 2日 (日)

第2子誕生

つい先日、第2子(女児)が誕生しましたっ happy02

小生は病棟を徘徊しただけで手柄は全て家内のものですが、それでもなお歓喜の極みです。小さな赤子を慎重に抱いてみると、男親であっても愛情が溢れ、うっかり漏れてしまいます。10ヶ月耐え忍んだ家内にはいかばかりでしょうか。

世の中にはいろんな家庭があると思いますし、小生の家庭だって将来はどうなるものか知れません。ですが、ブログだろうと何だろうと、嬉しいときは素直に喜ぶことにしているので、しばらくは親馬鹿丸出しでゆく所存です。

それにしても、家内によれば、手術(帝切)を終えて縫合の最中に、主治医の曰く

3人目も大丈夫なようにしときましたから! 

即座に、先生、たったいま2人目産んだばっかりですと、助産師さんにたしなめられ、家内は笑いをこらえるのに必死だったとか。

この先生、健診や回診の雰囲気では至って物静かなのに、分娩になると血が騒いでテンションあがるのかしらん。ま、母子ともに無事だったので、なんにせよ、小生わ満足至極ですわpig

2008年2月20日 (水)

携帯からパソコンへ

節約生活の要は固定費の節約であり、なかでも住居や自動車、保険料などをいかに安くあげるかが勝負だとは、前にも書いたとおりです。

固定費とは言いにくいのですが、携帯電話もやはり、節約の対象です。小生の家庭では、夫婦で携帯を共有しています(夫婦で隠し事もないのでcatface)。機種変更など、よほどのことがないとしません。

ですが、いかに数年前のモデルとはいえ、カメラやムービー撮影、着メロなどの機能はあり、子供の写真などを溜め込んでいるうちに、とうとう容量が一杯になってしまいました。余計なものを整理すればいいのですが、画像をみてると懐かしいものも多く、廃棄するのは忍びがたいものがあります。

幸い、小生のケータイにはminiSDカードが挿入できるので、さっそく買いに行ったのですが、店内にあるのは

¥5000!(2GB!!)  

小生の携帯にふさわしい 24MB のカードなど、どこにも見当たりません。

日頃フラッシュメモリーを使っているので、小型記憶媒体の高密化は知っていましたが、まさか数年で100倍の容量になってるとは思いもよりませんでした。100年ぶりに目覚めて自動車に感服したディオ様の気分でしょうか。

途方にくれて帰宅したのですが、ネットですこし調べると、さすが便利な商品はあるものです。

miniSD Card & Reader/Writer (imation社製)

これはアイディア商品で、外見はフラッシュメモリーですが、本体にminiSDカードが脱着可能となっており、ケータイからPCへのデータ転送が簡単にできてしまいます。カードを指したまま使えば、使い心地はフラッシュメモリーそのものです。

気になるSDカードですが、16MBから2GBまで幅広く装着可能で、30Mピクセルの写真からワンセグの映像データまで、何でもござれのスグレモノ。同社のHPをみると、ちゃんと小生のケータイも動作対象になってました ☆

しかも、USB2.0対応なので、パソコンへの転送もじつに快適。20MBのデータコピーは数秒で完了しました。2Gになると大変かもしれませんが。。。

(なお、ケータイのメモリーからカードへの転送は3分ほどかかりましたが、これはケータイ側の性能。いらつくほどでもありません。)

世の中、便利な製品を考えるひともいるものだと、感心した次第です。

(ちなみにお値段はAmazonで \3,500円(128MBのminiSDカード付)。小生のケータイは128MBカードで十分おつりがきました。)

2008年2月16日 (土)

外こもり

下川裕治『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)を読みました。帯のマンガも含めて出版当初から気にはなってたのですが、手持ちの投資本に飽きてきたこともあって、出先の本屋でとうとう購入しました。普通は新古書店で探すので(著者には申し訳ない!)、小生には例外的ですが、たまたま某新聞社からもらった図書カードがあったため、買ってしまいました。

で、よみはじめたのですが、これがすごく面白い。

「沈没」とか「外こもり」とか、バックパッカーには常識かもしれませんが、本書で言う「日本で歯を食いしばって働く」小生には全く未知の世界で、とても新鮮でした。

「労働力の国際移動」(サッセン)ならぬ「国際的浮浪」という現象は、言われてみればその通りなんですが、そんな生き方もあったか、という驚きも含めて、やっぱり衝撃的ですね。

しかも、ニートの若者ばかりでなく、30代後半から40代の中年や、60を超えた老人の浮浪の話もあり、精神を病んだ男女の事例もあり、タイトル以上に、内容は多面的で豊富です。(また、付章では、タイで頑張る男女の事例も紹介されています。)

さらに、外こもりという現象に対して、著者は、「彼らを何とかしよう!」とか、「日本の労働市場や社会保障を改革すべきだ!」といった類のことは、一切主張しません。ささやかな同情と少々の当事者意識(自分もそうなったかもしれない)をもって、淡々と語るだけですが、そのスタイルが、かえって心に響きます。

小生自身は、「ときに休むのもいいが、まだ疲れてはならない」と自分に言い聞かせていますし、当分は「日本から降りる」つもりもありません。また、学生や娘が「外こもり」したいと言い出したら、頑迷なまでに反対するでしょう。(一度逃げたら、世界の果てまで逃げ続けることになる、などと説教します。)

ただ、日本がだんだん息苦しく、ぎすぎすした、不寛容な社会になっていることは、わきまえておくべきとも思います。選挙等を通じて政治に期待する部分もありますが、個人としては、やはり生活防衛資金の確保と並んで、メンタルヘルスを保持する自分なりの方法を早いうちに確立することが、大切なのではないかと考えます。

2008年2月15日 (金)

バレンタイン

あまりベタなネタは好きではないのですが、2月はやはりバレンタインをはずせません。

小生はバレンタインにほとんどこだわりはないのですが、結婚してから少しは気にするようになりました。それは、

家内と娘に配給するために義理チョコを持ち帰らねばならないから

・・・うーん、暴露してしまった。例年、1~2個は義理チョコを頂戴するので、くださった方には大変申し訳ないのですが、この日だけは抵抗むなしくブツを押収されるので、いかんともしようがありません。まことにスミマセン。

それにしても、小生、これまで家内にもらったことがありません。なんとなく気に懸かってはいたものの、チョコくれるなら焼肉を奢ってくれ、という感じだったので、とくに要求もしませんでした。

が、今年とうとう、はじめて、やっと、家内からチョコをもらいました。里帰り分娩で離れがちなせいでしょうか。待ってました、ワンワンdog、と喜んだのもつかのま、

はい、義理チョコ。

・・・は?

いや、娘といっしょやから。

・・・だから??

わけも分からないままチョコを手に押し抱いて、独りマンションに戻りました。帰りがてらつぶやいた今月の一句。

「バレンタイン、嫁から義理の、チョコレート」

2008年2月10日 (日)

ファミレボンバー

酒に酔った勢いで、学生さんたちとカラオケに出動しました。絶対音感が欠落し、日頃 Easy Listening ばかり聴いている小生にとって、歌うというのは、じつはけっこう難儀だったりします。

というわけで、とりあえずシャウトしてごまかせる曲は、と探していると、ありましたがな。

ファミレス・ボンバー by SEX MACHINEGUNS

これはもう、伝説の名曲で、本当はAnchangに勝るとも劣らないローゼンメイジャー氏のネ申のシャウトを聴かせたいところですが、2オクターブ低いKazupooも懸命に頑張りました。

もともとパンクとかヘヴィメタは高校時代のクラスメイトに教えてもらい、アニソンも含めてここぞというときの必殺技として温存しておりますが、30代半ばになって発動するとは思いもよりませんでした。10年ぶりにスタープラチナ・ザ・ワールドをつかった空条承太郎の気分でしょうか。

それにしても、学生さんは歌がうまい。歌はうまいのですが、女子学生を前にして、バラード系で勝負をかける男性陣は未熟。

合コンでは身体を張って笑いをとったほうが勝ち

(i.e. 二人きりの3次会で勝負をかけて下さいっネ☆)

2008年2月 9日 (土)

ドラマでうるうる

一人暮らしが侘しいので、最近はなんとなくTVをつけてしまいます。別に番組を見るわけでもなく、単に人の声を聞きたいだけなのですが。

で、今日も何気なしにTVをつけると、思わず見入ってしまいました。「14才の母」の再放送です。

これは泣けますね~。いまの自分に重なる部分があるせいかもしれませんが、志田未来のひたむきな演技にいちいちうるっときます。しかも主題歌の「しるし」(ミスチル)がなんとも心に沁みて、タオルが手放せませんでした。10代の妊娠を美化するつもりは全くありませんが、命とか家族とかについて、改めて見つめなおすいい機会になったと思います。

ただ、ひとつだけ疑問があります。最期のシーンで桐野静香(室井滋)が保険の外交セールスをしてましたが、たしかFP的には、

自己破産すると生命保険募集人になれないはず

もちろん復権すれば可能ですが、通常は破産の申し立てから半年ほどかかるので、「一ヶ月後」では無理です。

とすると、静香は誰かの資金援助によって破産を免れており、借金を返済し会社を再建するために親子で頑張っている、ということなのでしょうか。

ま、そんなことはどうでもよくて、ただただ、未希お母さん頑張ってね、と応援するだけですが。ホント、素直に感動できる、いいドラマでした。

(もし現実に自分の娘が14歳で・・・と考えると、また別の立場になりますが)

2008年2月 8日 (金)

確定申告の季節

いよいよ確定申告が近づいてきました。小生はしがないリーマン(給与生活者)ですが、複数から給与所得や雑所得があるため、毎年確定申告をしなければなりません。

残念ながら、税額控除の対象となる住宅ローンも、給与所得と損益通算可能な所得(FP的には「富士山譲る」-不動産所得、事業所得、山林所得、譲渡所得-と覚える)もありませんので、毎年必ず、

追徴

となります。(今年は15万円ほどの見込みで、鼻血も出ませんcrying

リーマンの多くは確定申告すると「還付」になるそうですが、小生なぞは時間を割いて申告書を作成した挙句、郵便代まで払って、税務署に「お金を払います」という書類を届けるわけです。

でも、払わないともっと怖いことになります

小生の知人も、税法など知らないとほったらかしにしていたところ、ある日突然、税務署から「お尋ね」という書類がとどき、怖い思いをしたそうです。(国税不服裁判で争うことも可能ですが、まず勝ち目はありません。)

まぁ、納税は憲法30条に明記された国民の義務ですし、ボストン茶会事件やバスチーユ牢獄襲撃を起こすほどには至っていないと思うので、しぶしぶですが、潔く支払うことにします。

ただ、民主主義国家における租税は、人々の基本的人権を擁護し、公益的なサービスを提供するために徴収されるものであって、公務員の給与とか福利厚生とか誰も使わない道路のために浪費されるのは、おかしいと思います。

医療や福祉、教育のための税金であれば、たとえ納税額があがっても気持ちよく支払いますが(例えばフィンランドやスウェーデンのように)、いまの財政のあり方をみていると、そんな気持ちにはなれないですね。

社保庁改革すらできないままに消費税10%とかやられると、バスチーユ襲撃も近いかもしれません。近代の市民革命はすべて税金問題に端を発していたのですから。

(もっとも、体制転覆の罪は脱税よりもはるかに重く、死刑ないし無期懲役となります。要するに、首謀者の生命を賭した一揆みたいなもんです。ジョン・ロックも合衆国憲法も革命権を認めているのに、日本国憲法はこの点では前近代的ですね。GHQは失念していたのでしょうか。。。?)

2008年1月 4日 (金)

あけましておめでとうございます

正月三が日も終わりですが、あけましておめでとうございます。昨年中は多くの方々に何かとお世話になりました。今年もよろしくお願いいたします。

さて、日本市場が開いていないあいだにも、外為市場が大きく円高にふれるなど、今年も不安定な相場になりそうな予感です。FXでレバレッジをかけたロングポジションをとっている方は年初から冷や汗でしょうが、無借金の長期投資を信条とする小生には、あまり関係ありません。

それより、昨年後半あたりから良質のインデックスファンドやETFが数多く販売されはじめたので、どの商品に乗り換えるべきか、あれこれ考えています。今のところ、低コストで実績ある住信が運用するSTAMシリーズをばら売りで積み立てて、ある程度まとまったら各種ETFに切り替えようと考えていますが。皆さんの投資計画はどうででしょうか?

それから、木村剛『投資戦略の発想法2008年版』を年末に読了しました。基本スタンスは全く変わりませんが、ポートフォリオの箇所をはじめ、かなりの加筆がなされているので、前著を読んだ方も勉強になると思います。

ちなみに、2008年版で推奨されていた投資本15冊のうち13冊が既読で、とくに何度も読み返したC.エリス『敗者のゲーム』を木村氏も筆頭に推薦していたのは、わが意を得たりという感じで、うれしく思いました。

別に投資に限りませんが、情報なり文献なりについて目利きになれるかどうかが、対象に関する理解度のリトマス紙であることを鑑みれば、投資について少なくとも初心者の域は脱したかな、と思っています。

実際の投資行動は理論よりもずっと慎重ですけどね。。。(行動経済学の知見がいちいち身にしみるチキンな性格なので)

2007年12月24日 (月)

一足早い「寝正月」

この連休中は家内の実家に帰省して、ご馳走を平らげては居眠りする、の繰り返しでした。正月は自宅で過ごす予定なので、一足早い「寝正月」です。何かと忙しかった今年を振り返りつつ、のんびり充電できた連休でした。歓待してくださったご実家の方々に大感謝です。

もっとも、明日は職場で財務問題を中心に重大な経営方針が説明されるとかで、寝正月気分が一気に吹き飛ぶかもしれません。

心構えではないですが、名言をひとつ。

“One should sympathise with the colour, the beauty, the joy of life. The less said about life's sores the better.” in Oscar Wild, The Picture of Dorian Gray, ch. 3.

「ひとは人生の彩りや美、よろこびといったものに心を向けるべきだ。人生の諸々の苦悩は口に出さないほうがよいのだ。」(オスカー・ワイルド)

2007年12月18日 (火)

風林火山

今年の大河ドラマ「風林火山」、あまりちゃんと見てなかったのですが、なんとなく10月頃より観るようになり、最後はTVの前に正座して鑑賞するまでになりました。

内野聖陽演じる勘助は鬼気迫るものがありますし、市川亀治郎の武田晴信もほどよい狸ぶりが謀略好きの信玄を髣髴させてイイ。Gackt景虎も、演技にはハラハラさせられましたが、刀を振り回すシーンはまさにFFで、NHKにしてはナイスなキャスティングです。

しかし、なんといっても感動的なのは、

千住明のオープニング曲「風林火山」

乱世を駆け抜けた男たちを風に模したような迫力ある作品で、勘助なり武田家なりの最期を想起すると、思わず目頭が熱くなります。今回が初大河だそうですが、さすがは千住明!

iStoreで購入し(¥150)、iPODで繰り返し再生するこの頃でした。

2007年12月11日 (火)

事務の専門性

今日はとある会合に赴いたのですが、話の流れで、事務総合職に専門性はあるか、という議論になり、頭を悩ませました。

総合職なんだから、マネジメントが専門だ、と言いたいところですが、実際にはそうとも限りません。小生の周りを見渡しても、病院の事務長・専務には、検査技師とか薬剤師出身の方が多いように思います。院長が医師なのはもちろんですが、看護師あがりの副院長という例も増えているようです。

つまり、専門職(この場合は医療専門職)のなかでも、担当部署(検査部とか薬剤部とか看護部)をマネジメントできる者は、施設・法人全体のマネジメントに昇格することもある、ということです。そうなると、事務職は形無しです。

もちろん、事務職のなかでも、経理・会計とか社会保険労務、個人情報保護、情報システム、コンプライアンスなど、その領域に特化した「スペシャリティ」になることはあります。しかしその場合、異動がない代わりに昇進もほとんどない、官庁でいえば特定業務に精通した「ノンキャリ」になってしまい、必ずしも総合職でなくともよくなります。

専門性が曖昧であるため、キャリアパスも不明確になります。いつまでにどんな能力を身につけることで、どういう職位・職責になれるのかが、わからないわけです。基準がないので、とりあえず「人間性」とか「ヒューマンスキル」などで昇進昇格することになれば、これは人事考課がまったくの主観(上司の好き嫌い)で決することを意味します。

そこから、「出世はヨイショが9割」、という話も出てくるわけです。あるいは、そこまで気苦労するくらいなら、いっそ出世しなくてもいい、ということになり、若いサラリーマンの昇進志向の低さが問題になるわけです(「オタリーマン」とかいう奴ですね)。

いろんな内部資格や研修制度を設ける手もありますが、なかなか難しい問題です。誰かいい知恵がある方は、ぜひご教授ください。

2007年12月 9日 (日)

久しぶりに

11月から仕事がつづいていて、ひさしぶりの更新です。合間を縫って来年度の投資戦略を策定したり、週1冊づつ仕事とは関係のない書物を読んだり、体調管理に気をつかいつつ、それなりに過ごしてました。

投資といえば、イートレード証券から低コストのインデックスファンドが何本も販売されるとかで、投資系のブログでは盛り上がってますね。小生も、投信の積み立てを一部乗り換える予定です。投資の勉強が面倒だという人は、同証券のバランスファンド「スゴ六」を毎月積み立てるだけでOKだと思います(FP2級ホルダーとして真面目な意見)。新発売の投信なので、信託報酬以外のコストやトラッキングエラーが気になるかも知れませんが。

価格が変動する資産を持つことは、なれないうちはストレスですが、きちんと分散(資産クラス、通貨、タイミング)してかかれば、どうってことありません。サブプライム相場のなかで株式投信はけっこう値下がりしましたが、外債はかえって値上がりするなど、全体としてはそれほどひどいマイナスにはなってません。分散投資のありがたみですね。

投資については、勝間和代『お金は銀行に預けるな』(光文社新書)が、最近の良書でしょうか。

とはいえ、この一月ほどに読んだ本のマイベストは、

悪玖夢博士の経済入門  (橘玲著、文芸春秋社)

ですね。家内も2日ほどで一気に読み終えてました。

この本については、またいろいろ思ったことを述べたいと思います。

2007年11月 5日 (月)

日本のしきたり

先日は「七五三の儀」を執り行うべく親兄弟にご参集のうえ娘が氏子である神社まで出かけました。はじめての着物と祈祷で娘はやや緊張気味。やや赤らんだ化粧顔をさらに紅くしてきっと口を結びます。禰宜と思しき若い神職に案内されて拝殿に入り、お祓いを済ませていよいよ祝詞というとき

ピッピッピッピッピッピッピッピッ・・・♪

いとこが持ち込んだ携帯から何とも場違いな「第九」(!)が流れます。

娘はさっといとこをにらみつけ、家内は笑いを堪えて真っ赤な顔。平静を装う小生の頭の中はセントラルドグマを降下するカヲル君の姿で満たされます。祝詞どころではありません。

いまにして思い返すと、参拝前の禊も手水もしてないし、社務所では裸でお金を支払うし(本来は「御初穂料」と表書きした紅白蝶結びの祝儀袋にて渡す)、拝殿ではロマン派音楽を奏でるし、礼儀作法をわきまえない実に野蛮な振舞いです。氏神様がお怒りにならないかと、やや心配になりました。

もっとしっかり「日本のしきたり」を勉強しなければと、家内ともども反省しきりです。

2007年11月 2日 (金)

貧福論

ふと思うところあって、怪異小説と名高い上田秋成『雨月物語』を紐解いたところ、「貧福論」なる巻が目に留まりました。岡左内なる金銀を重んじる武士の枕元に、ある晩、「黄金の精霊」を名乗る小人の翁が現れ、長語らいする、という話です。面白かったので、一気に読んでしまいました。

精霊は、古代の富貴の例を引いて自分の大切さを説いた上で、徳のない金持ちがいるのはなぜかという左内の質問に対して、こう答えます。

「善を撫(なで)悪を罪するは、天なり、神なり、仏なり。三ツのものは道なり。我ともがらのおよぶべきにあらず。」

「いくたびもいふ。不徳の人のたからを積むは、これとあらそふことわり、君子は論ずることなかれ。ときに得たらん人の倹約を守りついえを省きてよく務めんには、おのづから家富(とみ)人服すべし。我は仏家の前業もしらず、儒門の天命にも拘はらず、異なる境にあそぶなり。」

要するに、お金は天命でも道でもないのだから、貧富と徳は関係がない。確かに徳のない方法で金持ちになる者もいるが、君子はそうした術策に関わらない方がよい。質素倹約、勤勉貯蓄に励めばいずれお金持ちになれる、というわけです。

逆に、善良な人であっても、お金を軽んじる人は貧乏になります。きびしいようですが、翁はやはり、善良な人が貧苦にあえぐ理由について、こう述べます。

「また富て善根を種(うう)るにもゆえなきに恵みほどこし、その人の不義をも察(あき)らめず借あたえたらん人は、善根なりとも財はつひに散ずべし。これらは金の用を知りて、金の徳をしらず、かろくあつかふが故なり。」

今風に言えば、よく知らない事業や株式に出資するな、軽々しく連帯保証人にはなるな、ということでしょうか。お金を軽視する、あるいは敵視する考えを持つ人からは、お金の方から去ってしまうようです。。。

悪人でも技術があれば金持ちになれるし、善人でもお金を軽視すれば貧乏に苦しむ。小生としては、精霊のいう君子の道で、ゆっくり財産を築きたいものです。

ともあれ、秋の夜長に黄金の精霊と語り合うのはいかが。

2007年9月20日 (木)

アニメな日々(2)

最近は夕食後に親子三人でTV版のエヴァを2話づつ鑑賞するのが日課となっています。とはいえ,10年前のVHSなので劣化がはげしく,しかも16話までしかないので,この際07年版DVDボックスを買おうかと思ったところ,

5万円 !! (実勢価格)

ルパンのときは価格自体は妥当と思いましたが(小生には買えませんが),エヴァのボックスはあまりに高すぎます。

元の定価がたしか2万円台(税込みで3万ちょっとかな?)だったので,DVDの販売業者はいまや倍の値段をつけているわけです。ヤフーオークションでも4万円ぐらいでしょうか。

小生は,スタンリー&ダンコ『となりの億万長者』(早川書房)を読んで以来,お金をかけるなら将来値上がりするものだけにする,値下がりするだけの消費財(衣服,家電,クルマ等)はなるべく安く済ませる(できれば買わない),ということを心がけています。(ただし,消費財でも皮革製品とか文房具などは,少し高いものを長く愛用します。)

もちろん,何が上がるかは事前には分からないことが多いので,言うは易く行うは難しです。

その意味では,販売時より市場価格が上がっているエヴァのDVDボックスを購入した方は,作品を楽しんだのみならず,その後も高値で売却するという,億万長者を地でゆく方々ということになります。(劇場公開という「インサイダー」情報をいち早く聞きつけて買占めに走ったのかもしれませんが。)

ただ,新劇場版が一段落すれば価格も落ち着くでしょうし,あるいは数年もすれば新劇場版も加えたボックスが販売され,07年版は暴落するはずです。そのあたりでゆっくり底値買いするのがこの際は得策かもしれません。

もっとも,数年後にはLDのようにDVD規格そのものが古くなっている可能性もあるので,その辺の判断がとても難しいのですが。

いっそぽすれんやDMMに入会すべきでしょうか。。。(入会している方,どんな感じか教えて下さい。)

2007年9月17日 (月)

アニメな日々(1)

子供が大のルパン好きで、iPODに記録した一連の主題歌をたびたび口ずさむので、情操教育(?)も兼ねてこの際DVDでも買おうかと思ったところ、ありました

LUPIN THE BOX -TV & the Movie-

これはすごいです。1st、2nd、3rdの全TVシリーズに加え、映画版3本(あの「カリオストロ」も当然含まれてます)、総収録時間5800分(DVD42枚組み)の巨大ボックス。山田康雄ルパンをコンプリートできる商品だと思います。が、

定価 ¥100,000

・・・

・・・

いくらルパンファンでも、ちょっと・・・

たしかに、1時間あたり1000円、DVD1枚当り2380円だし、アニメDVDとしては良心的な値段だは思うし、だけど、だけど。

。。。相当に思い切らないと買えませんね。いや、思い切っても買えないですね、はい。

ルパンよろしくちょいと1個失敬する、というのはあくまでマンガ。10万円のDVDぐらい、いくらでも買ってやるわぁーーー、といえるぐらいのお金持ちになるまで、我慢です。残念。

2007年9月 7日 (金)

別荘は必要か

久しぶりに自宅に戻って最初に感じたことは、ほんの少しの間なのに、なんとなく寂れた感じがするなぁ、ということでした。

これでも出発前は全室ふき掃除をし、冷蔵庫内も片付け、浴槽や洗濯機の清掃までしたのです。当然にゴミの処理や観葉植物の水やりタイマーも済ませています。いわば完璧な状態で出発したのですが、いざ戻ってみると、空気がよどんでいるのは仕方ないとして、家具やAV、食器類にまでうっすらと埃がついているようで、うらぶれた雰囲気に満ちています。

投資本などでは不動産をさも不労所得の源泉であるかのように書いていますが、不動産というものは人間の労働(家事でもよい)があってはじめて生きてくるものであり、ほったらかしだと急速に劣化するのだと、つくづく思います。物理的な構造や性質とは別に、なにか空気というかオーラのようなものを、不動産はまとっているというべきでしょうか。

そう思うと、年に数週間程しか使わない別荘を持つことは、本当に魅力的なのだろうかと、ふと考えてしまいました。

普段とは異なる環境に身をおくことはたしかに気分転換になりますし、あるいは今夏のような酷暑の折は高原に別荘を持っている人をとても羨ましく思います。騒がしい都会を離れて豊かな自然に包まれることは、子供の発達にもよい影響を及ぼすでしょう。

そんなわけで、小生もときどき別荘-本宅が賃貸なのに別荘とは妙ですが-を持ちたいと思うのですが、少し考えを改めました。わずか2週間でこうなのだから、1年近くも部屋を空けるとなると一体どうなるのか、全く想像できないからです。

これがオフィスだと別にどうということもないかもしれませんが(せいぜい時間が止まっている、という感じを受けるだけでしょう)、別荘は生活の場です。生活感が完全に消滅してしまえば、生気を失っている、もっと言えば死んでいる、という感覚に強く襲われるのではないでしょうか。到着も早々に、窓を開け放ち、水道の蛇口を緩め、一通り拭き掃除するというのは、不動産を蘇生させるための儀式なのかもしれません。

その意味では、別荘よりもリゾート会員権などを購入する方が、コスト面も含めて、適切なのかもしれません。ただ、あまりに豪華だとホテル住まいような感じになりますし、あるいは他人の跡を見つけてしまい、嫌な思いをするかもしれません。

結局のところ、地方・田舎の実家に盆暮れに帰省する、というお決まりのパターンこそ、心情的にも経済的にも最適な行動なのかもしれませんね。。。

2007年9月 6日 (木)

久々の帰還

足掛け2週間の出張からようやく戻りました。夏風邪のままの出発でしたが、幸いに出先で寝込むこともなく、衰えたとはいえ自分の体力に少し自信がもつことができました。ただ、緊張が緩むと倒れてしまう恐れもあるので、これから数日は自重するつもりです。(本当は明日からも出張だったのですが、先方に無理を言ってキャンセルしました。)

さて、ブログの更新を怠ったこの間、仕事以外にもいろいろありました。投資本を何冊か読了し、駒落ち将棋を対局し、各地のうまいものを食べ、ヱヴァを観て・・・

そうです。「ヱヴァンゲリヲン」、観てきました。綾波の小物が欲しくて前売り券まで買い、となりに座ったカプールになど目もくれず、ポプコーン食うのも忘れて、ひたすら作品とシンクロしました。映像も音響も大変なクオリティです。クライマックスのヤシマ作戦など、TV版でもうるっときますが、今回はじつに感動的です。

ただ、公式HPにも予告されている通り、シナリオが若干というか根本的にというか改変されているので、これから一体どうなるのだろうかと心配になります。エンドロール後の予告編では悲鳴にも似たざわめきに会場が包まれましたが、これがエヴァ、いやヱヴァの本当の姿かもしれません。

「すべては庵野氏のシナリオのままに」

2007年9月 1日 (土)

漫画三昧

2週間の連続出張のため更新が遅れました。ようやく一仕事終えたところですが、まだロードの半ば。このエントリも出先で書いています。

さて、小生は集中的に仕事をした後は、同じく集中的に漫画でも読んで気分転換を図るのを常としています。本当はスポーツでもすべきでしょうが、世界陸上で満腹になってしまいました。

で、今回読みふけったのは、高橋留美子の「めぞん一刻」。学生の頃にコミックやTVで楽しんだものですが、当時は精神的に幼かったためか、なんとなく大人の世界、正直にいえばエッチを感じてしまい、あまり堂々と見れなかった記憶があります。(斉藤由貴ファン(当時)として主題歌のレコードは買いましたが。)

しかし20年ぶりに読み返してみると、また新たな魅力がありますね。実にイイ。というか、響子さん萌え(笑) 

以前は随所に大人の女性を感じさせ、とくに14・15巻ではドキドキさせられましたが、いまでは小生よりも10コ下(たしか響子さんは21~26ぐらい)。鈍でヤキモチばかり焼いて、でも何かと世話好きで、PIYO PIYOのエプロンがフェロモンにあふれて、なんともカワイイの一言です。おじさん好みのツンデレキャラというべきでしょうか。

そういえば若い未亡人という設定も、以前は「未亡人」-青少年的には性体験を有する大人の女性-という側面ばかり意識しましたが、今では「若い」という側面にそそられるものがあります。読み直してみると、ホント、20代とは思えないウブさを感じます。

ただ、漫画だからよかったという部分もあります。五代君の不安定就労はもとより、響子さんも美人とは言え、高卒・資格なしの未亡人。再婚後は遺族年金も支給されないので、結婚後も一刻館暮らしは必然かもしれません。(管理人という立場で家賃納めてないのかな?) 

経済的には三鷹さんと結婚すべきでしたし、多少悩む場面もありましたが、三鷹家は九条家と見合するほどの家柄。所属階層の違いが、最初から障壁になったのかもしれません。

ともあれ、作者の心理描写がとても巧みだからでしょう、こちらの年齢に応じて違った楽しみ方ができる、とても珍しいマンガです。未読の方は、ぜひ読んでみてください。(若い方は少しドキドキするかも。)

なお、伊藤美咲主演のドラマは残念ながら観てないのですが、「電車」のエルメスを彷彿させる神技と耳にしたので、いずれDVDで鑑賞しようと思っています。(と思ったら、発売延期になったみたいですね。。。)

2007年8月22日 (水)

酒もクルマも

本日の日経新聞(8月22日付、3面)に20代・30代を対象にしたアンケートが載ってました。面白いことに、20代の若者のうち、車を持っているのが13%しかなく、また、「乗用車が欲しい」という回答も25%しかなかったそうです。

同じように、20代の34%がお酒をほとんど/全く飲まず、しかも理由に「お金がもったいない」と回答した者が30%(おそらく複数回答だが)もいたそうです。さらに、43%が「休日はほとんど家にいる/家にいることが多い」と答えています。

他方、自由なお金の使い途で増えたのが、なんと「貯金」(36%)とのこと。。

要するに、今の若者たちの多くは、ひたすら質素倹約につとめ、地味なくらしをしながら、ジッとお金を貯めている。そんなイメージが頭に浮かびます。

たしかに、都市部に住んでいるなら車は不要ですし(日経の調査対象も東京駅30km圏内)、残業やその後のつきあいは極力避けて、自宅でゆったりと趣味や家事を楽しむスタイルには、小生も全く同感です。「私生活主義」だの「小市民的幸せ」だの酷評する人もいるかもしれませんが、幸福感は人それぞれ。別に他人に従う必要もありません。

ただ、ひとつだけ思うのは、独身でまだまだ若い20代が、小生のごとき家庭持ちの中年30代と同じでいいのか、ということです。20代はまだまだ未熟、世界を知るなり人脈を拡げるなり全力を尽くし、30代以降のキャリアアップに備えたほうがいいのでは、と思うからです。小金を貯めて大金を逃しはしないかと、他人事ながら心配にもなります。

もっとも、何歳であろうと頑張る人は頑張るし、年寄は年寄というべきかもしれません。考えてみれば、小生なども10代半ばにして、半紙に「あとはゆるゆる老いるのみ」と大書して昼寝を愉しんだクチですから、今の20代に何も言う資格はありませんね。。。

2007年8月17日 (金)

格安散髪

人間は生きている限り理美容が必要です。小生はいつも家内に頼んでいますが、今回は帰省中だったこともあり、久しぶりに散髪に出かけました。といっても、組合加盟の理容店ではありません。いわゆる「10分、1000円」の低料金チェーン店です。

じつは、かなり前に1500円の理容店に行ったとき、いかついおじさんが無言のまま機械的に処理するやり方に反感を覚え、二度と低料金理容店には行かないと決意した経緯があります。

ですが、今回の店は全国(?)的に展開する理容チェーンであり、店内も美容院ふうの洗練された雰囲気で、なによりもスタッフが若い女性です。しかも拘束時間が10分と短く、知らない人に触れられることに神経症的に反応する小生でも、安心して入店できます。

実際に散髪してみると、ちゃんとはさみでカットしてくれますし、首筋やもみあげなども丁寧にバリカンしてくれます。10分ですがおしゃべりもあり、家内の虎刈りの痕跡もちゃんと修正してくれました。

ということで、サービス・料金ともに満足したわけですが、ひとつだけ驚いたのは、最後に髪の切れ端を掃除機で吸い込まれたことです。頭頂、首筋とまわり、頬を吸引されたとき、組合加盟店では丁寧なシャンプーと顔剃りがあるところ、低料金店ではゴミよろしく掃除機でバキュームされるかと、そぞろ哀しくなりました。

なお、厚労省の調査によれば、平成16年の理容業の年間総収入は約7700億円と、前回11年調査と比べて20%ダウンとのこと。全国の理容店数14万店で割ると、一店舗当り550万円となり、経費その他を差し引くとかなり厳しい数字ではないかと思います。

その意味では、理容業の再生産を可能にするような料金規制にも経済政策的には一理ありますが、しかし一消費者としては、自分の欲するサービスとそれに見合った価格を追求するのが事実です。4000円・フルサービスのみ、という組合加盟店のやり方に対して、理容店のサービスを分割特化し、カットのみ1000円とした格安チェーン店の戦略は、消費者ニーズにきめ細かく対応する、合理的な経営戦略だと思います。

面白いのは、格安路線の理容業とは対照的に、美容業の方では、上乗せサービス(指名料、頭皮マッサージ、フェイシャルエステ、ネイルエステなど)による差別化・高価格戦略が採られているようで、年間総収入も2兆円に達しています。

同じ理美容業でも消費者の求めるもの(あるいは所属階層)が違うのかなと、少し考え込んでしまいました。

2007年8月16日 (木)

世界征服

物騒なタイトルですが、岡田斗司夫『世界征服は可能か』(ちくまプリマー新書)の紹介です。筆者の岡田氏といえば、あのガイナックスを設立し、東大でオタク学を講義するなど、「オタキング」の名称をほしいままにした伝説中の人物です。ジャパンクールの至宝とでも言うべきでしょうか。

その著者の本ですから、これは読まなくてはなりません。前から気になっていたのですが、単身帰省中に思い切って購入し、一気に読了しました。なぜ世界征服したいのか、どうやって征服するのか、征服した後はどうするのか、といった素朴な(しかし重要な)論点を、豊富なマンガ・アニメの事例を引いて、論理的に考えていきます。コンパクトな「世界征服学」と言うべきでしょうか。

中身についてこれ以上は紹介しませんが、冒頭で引用されている庵野秀明氏(ナディアやエヴァの監督)のつぶやきに、全てが集約されています。

「ところで、このガーゴイルって秘密結社は、なんで世界制服なんかしたいんでしょうね?そんな面倒なことをせずに、高度な科学力で自分らだけ楽しい暮らしをすればいいのに・・・」(同書、9頁)

ともあれ連日の猛暑、気分転換にオススメです。

(ガーゴイルではなくネオアトランティスだろう、とツッコミを入れたあなたは必読です。)

2007年8月15日 (水)

薔薇乙女

帰省中は集中的に投資本の勉強をすると宣言したにもかかわらず、生憎というかやはりというか、実家に積み増してあったマンガ本を耽読してしまいました。「碇シンジ育成計画」「妄想少女オタク系」、そして「ローゼンメイデン」など。。

小生も30代半ばの例に漏れず、ラムちゃんからフォウ・ムラサメ、綾波レイに至るまで、萌えを変遷してきました。プリメ、ときメモ、FF(Ⅳ、Ⅵ、X2)などにもハマってきました。しかし所帯を構えるとともに過去の清算を迫られ、泣く泣くマンガ・ゲーム類を処分し、綾波特大ポスターも廃棄しました。代わりにハリウッドのDVDや洋楽R&Bなどで真人間として修正され、今日に至っております。

ですが、実家にはヲタ系の弟が鎮座しており、過去と現在の作品をストックしています。しかも今回は単身帰省でもあり、存分に「ジャパンクール」に浸ることができました。

それで、薔薇乙女。突然の連載終了もあってブームは沈静化しているようですが、魂を持った人形という古典的な素材をモチーフにしつつ、繊細な画風と独特な世界観で物語を紡ぎだす作者の筆力は大変なものです。人形の名前も凝っていて、おじさんにはなかなか覚えられないところもグッドです。なるほど弟が萌えたのも納得できる、いい作品です(「コミックマスターJ」風に)。

ただ、残念ながら今回は萌えには至りませんでした。真紅も水銀灯も悪くないのですが、人形にハマるのもねぇ。。。「私は人形じゃない」と拒絶した綾波の方がまだしも。(というか、「碇シンジ育成計画」の綾波が、綾波が・・・)

嫁バレ覚悟のエントリでした。

2007年8月 1日 (水)

会社依存症

ファイナンシャル・プラン(FP)を策定したり見直したりするときには、個々人(世帯)が抱える危険(損失のリスク)を明確にすることが前提となります。FPの教科書でも、遺族生活費、医療費、教育・住宅費用、老後生活費などが取り上げられています。

しかし、小生も含めて20-40代の若い給与生活者が抱える最大の危険は、リストラ等による給与所得の減額ないし喪失ではないでしょうか。(その他では、メンタルヘルス-とくにうつ病-がそれに匹敵するぐらいでしょうか。生活習慣病はまだ大丈夫です。)

そう考えると、いかに会社にしがみつくか、と短絡的に考えがちですが、会社だっていつ潰れるかわかりません。問題は、会社との関係がどうなろうが、自分の暮らしを守れるだけの気概とスキルと人脈をどう作り上げるか、という一点にかかっていると思います。

そう考えて、江上剛『会社を辞めるのは怖くない』(幻冬舎新書)を手にしたのですが、とても面白い本でした。「会社は裏切るものだ」「貯金より貯人だ」「人事に左遷なし」など、全編にわたり金言がちりばめられています。しかも、著者は、あの『金融腐食列島』のモデルになった凄腕銀行マンだそうで、その後銀行を辞めて作家になっていたことも驚きでした。

それにしても、一読して身に沁みたのは、サラリーマンは会社に手厚く保護されていて、しかもそのことに気づかずに不平不満をこぼしている、という哀しい現実でした。「保護されたものは弱くなる」とはネオ・リベラリズムの教義ですが、わが身を省みると、否定はできません。

会社を辞めると考えただけでも怖くなる。「会社」を「タバコ」と置き換えるとわかるように、これは立派な依存症-神経症の一種-です。なるほど、本のタイトル-会社を辞めるのは怖くない-の通りで、まさに至言です。

就労リスク対策は、まず会社依存症の自覚から。これが読後に得られた教訓でした。

2007年7月31日 (火)

統計遥かなり

久しぶりの統計ネタです。小生、無謀にも三十路も半ばにきて新たな学問分野を習得しようと思い立ち、統計のお勉強をはじめて半年が過ぎました。本来であれば最終盤に差し掛かるべきところ、いまだ折り返し地点をうろうろしています。そこで分かったことは、

3ヶ月以上かかるプロジェクトはもはやできない身体になった(平均値)

という冷酷なまでに統計学的な真実です。

実際、仕事や家庭を抱え、しかも派生する別の仕事もこなしていると、とても自己投資まで手が回りません(家内からは憐れみの眼差しで「ダブルワーカー」と呼ばれてます)。本当に時間がないわけではありませんが、どうにも気力がもたないんですね。。

考えてみれば、投資も最初の頃は「四季報」を吟味のうえ銘柄選定するなど、いろいろ研究したものですが、半年もしないうちに、国内外のインデックス型投信への積立投資に切り替えた経緯があります。理論的な根拠もありますが、分析が億劫になったことも否めません。

もっとも、投資の場合は複利効果も期待できますが、通信教育は途中でやめるとナッシング。家内の視線も一気に険しくなります。この恐怖から逃れることを動機に(away from motivation)、這いつくばってでも、終了まで到達したいと決意する次第です。

本日の格言。中年には辛抱が足りない。(カズプー)

2007年7月29日 (日)

SFな日々

世間は参議院選挙一色ですが、年金問題は政局ではなく制度の問題ですし、民主党が大勝して政治に緊張感が増すのは大いに結構ですが、2010年予定の憲法改正では与野党ともに改憲ではないかと思うと、どっちも変わらないように感じます。「紅旗征戎わが事にあらず」ではないですが、いっそ人類の未来でも展望しようかと、この週末はSF漬けで過ごしました。

アシモフなどは純粋に娯楽として楽しめますが、深刻なテーマのときはクラークが相応しいかと思い、本棚に眠っていた「幼年期の終わり」を取り出して、一気に読みました。「幼年期の終わり」は、人類が宇宙開発に乗り出そうとしたまさにそのとき、宇宙人(オーバーロード)がやってきて、人類を見守り、その進化を援助し、最後は人類の種としての終末を看取るという、壮大な物語です。

前に読んだときは、「宇宙人による人類の飼育物語であり、帝国主義のSF文学」だとして嫌悪したものですが(おなじクラークでも「2001年宇宙の旅」はなぜか好きだった)、中年にもなると心の余裕があります。

個や種を超越した宇宙論的な進化の話は、「ガンダム」のニュータイプや「エヴァ」の人類補完計画を完全に先取りするものですし、また、圧倒的な科学文明を誇るオーバーロード自身の運命に対しては、一抹の寂しさを共有せざるを得ませんでした。(今回は、オーバーロードの「カレルレン」にも入れ込みました。)

ともあれ、地球と人類の終末を描いたこの作品。1953年の作ですが、今なお十分に楽しめます。お盆休みのお供にでもどうぞ。。

2007年7月20日 (金)

リベラリズムへの疑問

投資本と貧困本を併読しているせいか、しばしば頭が混乱することがあります。深夜目が覚めたときなどに、個人の自由と社会連帯とのどちらを尊重するのか、リベラリストとコミュニタリアンのどちらを信奉するのかと、つらつら考え込んでしまうわけです。あれこれ思索して、結局は「両方ともに仏の道」と相成るわけですが(小生には哲学は無理ですね。。)

小生はやや古いタイプなので(稲葉振一郎氏のいう「人文系ヘタレ中流インテリ」)、自由は大事だが公共の利益を損なってはいけないと考えるのが通例で、ゆえに電車で傍若無人に振舞う若者に出会うと怒鳴りたいのをぐっとこらえて、「君子危うきに近寄らず」とばかりにそっと車両を移るチキンですが、昨晩ふと、リベラリストというかリバタリアン(自由至上主義)の方々は、なぜに個人の自由と選択、自由な市場取引を狂信的なまでに信奉するのか、その理由を知りたくなりました。

そこで、ネットや本棚をあさってみたところ、ありました。ケインジアンの伊藤光晴氏の回想ですが(『21世紀の世界と日本』岩波書店、に収録とのこと。小生は未確認)、リバタリアンの教祖というべきM.フリードマンが来日した際に、次のように語ったそうです。

「実は私はユダヤ人である。ユダヤ人がスターリン治下のソビエトにおいてどういう待遇を受けたか、特に東欧の人間たちがどういう待遇を受けたか。またヒトラー治下においてユダヤ人がどのような残酷な死を迎えたかということは、いまさら申し上げるまでもないでしょう。私が自由な市場に委ねるのがいちばんいいと主張するのは、国家も制度も民族も一切力を持たない、一つのメカニズムが人間社会を結ぶのが最も幸福だという、ヒトラー治下の、スターリン治下の、ユダヤ人の血の叫びである。」

要するに、もともとリバタリアニズム(ネオリベラリズム)は、ナチズムやスターリニズム(ともに国家社会主義?)に対する抵抗の思想として育まれた、というわけです。国家や民族に対して、個々の人間を尊重する考えは、ルネサンスにも匹敵する、すばらしい考えではあります。

ただ、経済学を知らない小生でも疑問に思うことは、自由な市場に依拠する社会は、決して平等で平和な人間社会ではなく、むしろ一握りの勝利者が圧倒的多数を支配する階級社会、絶えざる競争と戦争を抱える好戦的な社会ではないか、ということです。(小生の頭にあるのは言うまでもなくアメリカです。)

この点については、フリードマンはそれは自己責任だと冷淡に突き放すわけで(せいぜいで機会均等の観点から教育バウチャー制を提案する程度)、小生が違和感を感じるところです。民族差別と同じように、著しい結果不平等も正義(公平)に反すると、小生などは素朴に思うのですが。。

その辺りのロジックがどうなっているのか。ミクロ経済学などでも分配公平は注意深く避けるそうなので、もう少し読書を重ねて、調べてみたいと思いました。

2007年7月12日 (木)

引当金と前倒し

小生が投資する当面の理由は、人生の大出費(教育と老後)に備えるためです。「備えあれば憂いなし」と言いますが、日本的経営が崩れ去り、格差拡大が叫ばれる昨今、無計画に大借金を抱えることだけは避けたいと考えるからです。

ですが、教育や老後に備えるための投資は、より快適で充実した人生を求める前向きなものではありません。将来確実に発生することが見込まれる費用を準備するにすぎないので、小生がこうした投資を「引当金」の積立とみなしていること、これまで述べてきたとおりです。

引当金というとなんだか後ろ向きな感じがしますが、早くから準備して必要額の蓄積を終えることさえできれば、あとはより快適で楽しいライフを実現すべく、リスクをとった投資をしたり、所得の範囲内で贅沢することもできます。ですから、「先憂後楽」というべきかもしれませんね。

その意味では、仕事を前倒しすることも同じ効果をもたらします。どうしてもやらなければならない仕事というものは、大半が気が重くてやる気にならないものです。しかし、それを片付けないとどうにも気分が落ち着かないのもまた事実です。

ですので、そうした義務的な仕事をとにかく全力で片付けてしまう。自分で決めた日課なども、できれば朝一番に片付けてしまう。そうして、晴れ晴れした気分でゆったりとその日一日の仕事や余暇に臨むことで、ストレスを溜めることなく、生産性も増すことができようというものです。

恩師のN先生は、出勤前に一仕事終えるのを日課とされてきましたが、その成果が幾多の著書や論文に結実し、あるいは古希を超えてなお精力的に毎日を過ごされていることは、関係者なら全員周知の事実です。

小生も夏休みの宿題などは7月中に片付けたものでしたが、最近はお尻に火がつくまでぐずぐずすることが多く、反省しきりの毎日です。投資に倣い、学恩に報いるためにも、仕事面での早手回しを心がけたいと思いました。

2007年7月11日 (水)

懸賞生活?

小生は少しでも家計の足しにと思って、ネットリサーチに登録しています。不定期にメール等でアンケートが送られてきて、回答するとささやかな謝金がもらえるという仕組みです。4月からはじめて20通ばかり答えたところでしょうか、先日はじめて、アンケート謝金 200 円が振り込まれました。

これはうれしいことです。もっぱら勤務先が払う給与に依存するがゆえに屈従を強いられる給与生活者にとって、所得源の複線化こそ、人間として独立し自由になるための必要条件だからです。

その意味では、給与所得の複数化が望ましいのですが、残念なことに、本格的な副業は禁止されるのが一般的です。米国などでは使用者が労働時間外に及ぶ包括的な管理権限を持つのは違法だとして、副業は当然に認められているようですが。

そこで、給与所得以外の所得に目を向ける必要があります。小生の場合、投資による利子・配当収入がメインですが、少しずつネットリサーチやアフィリエイトによる雑所得ないし一時所得にも、手を拡げようとしているわけです。(ただし、副業や事業所得と認定されない程度に、ですが。)

ただ、ネットリサーチについて言えば、1通のアンケートに回答するのに3分かかるとして、20通で60分ですから、よく考えれば時給たったの200円です。

やっぱり給与生活者(別に賃金奴隷やゴミ投資家とも言う)は本業に精を出すのが一番効率的なのでしょうか。。。

2007年7月 9日 (月)

BMIに思う

小生は子供時分よりやせ型で、高校時代にはかなり激しくトレーニングしたにも拘らず、一向に筋力がつかずにがっかりした経験があります。昨年も、ふと思い立って一年ばかりジム通いしたのですが、基礎代謝ばかりあがって、かえって体重は減る始末でした。

そんなわけで、BMIはかつては17、結婚して中年太りにむかう現在でも19をキープしております。昨年の流行語になった「メタボリックシンドローム」とは無縁であり、まず健康長寿は間違いないと確信していたのですが・・・

 ◇ 男性の相対死亡リスク(基準はBMI23-25)

 BMI  14-19 19-21  21-23 27-30 30- 

 リスク  2.26   1.57   1.33   1.38   1.97

  出所)厚生労働省多目的コホート研究(http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/03/himan.html

つまり、厚労省の研究班の調査結果によれば、小生の死亡リスクは、標準的な男性(BMI23-25)に比べて、じつは1.5倍も高いわけです!  Σ(゚д゚;) ヌオォ!?

腹囲測定を義務化し、生活習慣を変容させ、死亡率の低下と医療費の効率化に寄与するという政府のお話は、一体何なのでしょう。ごく一握りの肥満人口(BMI30超の男性は3%)の医療費の削減だけが目的で、小生のごとき優男の死亡リスクなぞ眼中にないということかしら?

しかも、日本経団連が法的要件の緩和を要求し、NTTデータや日本生命、オムロンやニチイ学館などが錚々たる企業が特定保健指導会社を相次いで立ち上げるなど、政財界あげて保健ビジネスの構築に狂奔する姿は、いっそなんと形容すべきでしょうか。

国民の健康管理と保健ビジネスの台頭。憲法25条2項に明記された由緒正しい「公衆衛生」の言葉が失われる日も、そう遠くないかもしれませんね。

今回は薄気味悪い話でした。専門的な知見のある方のご意見をお待ちしております。

2007年7月 8日 (日)

男子の本懐

先日、内橋克人さんの講演会に参加する機会に恵まれました。TVや書物を通じて日頃から氏の議論には親しんでいましたが、生で聴く話はまた格別です。

講演の要点は、『悪夢のサイクル』で描いた通り、1980年代の規制緩和から構造改革に至る新自由主義政策の結果、ワーキングプアの大量出現、地方の切捨て(国土面積の5割以上が過疎地化)、収奪機構の構築(ゼロ金利による所得移転や社会保障の空洞化)など、新たな構造問題が生じており、21世紀の日本はこれらの深刻な問題を背負って行かねばならない、ということでした。

講演では、こうした主張をあれこれ具体例を交えて話されたので、とても納得できたのですが、とくに印象的だったのは、将来予測として、これからは経済の軍事化(軍需依存)が一気に進むかもしれない、と警鐘を鳴らされたことでした。そして、そこで引き合いに出されたのが、故・城山三郎氏の『男子の本懐』(新潮文庫)です。

『男子の本懐』は、浜口雄幸首相・井上準之助蔵相の経済財政政策-金輸出解禁と緊縮予算(軍縮)-とその顛末を描いた小説です。首相・蔵相ともに右翼(軍部)により暗殺されたことは、ご存知でしょう。

経済学者の中には、井上財政を昭和恐慌を激化させた失政とみなす一方、(前期)高橋財政を恐慌から脱出せしめた成功策と評価する学者も多いようですが、城山氏や内橋氏は、それは表面をなぞっただけの愚論だと一蹴します。両氏によれば、浜口・井上財政の本質は経済の軍事化を阻むことであり、だからこそ最後は暗殺されざるを得なかった。むしろ、景気回復を名目に軍事予算を膨張せしめた高橋財政こそ、かえって軍部の暴走に歯止めをなくし、日本を破局へとむかわしめた失政だというわけです。(なお、高橋自身も後に軍縮を試みますが、2・26事件で暗殺されます。)

要するに、厳しい国際競争を戦う中で技術革新と経済成長を図るのではなく、軍需によって安易に需給ギャップを解消し、見かけ上の景気回復を目指すやり方は、不可避的に戦争へとむかわざるをえない。それを憂いるからこそ、浜口・井上は暗殺を覚悟で政治に望んだ。それを「男子の本懐」と言わずして何と言おうか、というのが、浜口・井上両政治家に対する城山=内橋説の要諦です。

もとより小生には、拳銃で狙撃されて、「よろしい、男子の本懐である」と独白する勇気はありません。しかし、せめて選挙の際には、戦争に反対する気概をもった候補者を応援したいなと考えた次第です。

2007年7月 5日 (木)

ストレプトコッカス・ミュータンス

長い名前ですが、要するに「虫歯菌」のことです。

小生、5月より歯科医院に通っております。最初の検査で判明したものの他に、腐食した金属を交換のためはずしてみると、あら虫歯、という感じで、なかなか終了しません。医療費もかさみますが、30過ぎてこの体たらくだと、還暦前には総入れ歯だなと暗くなります。

健康はあらゆるライフプランの前提であり、健康はまず健康な歯からです。ヒトは歯で物を咀嚼(そしゃく)し、空気を歯にあてて明瞭な発声(子音)をします。虫歯や歯周病で口臭を撒き散らすと社会生活にも支障がでます。

そこで、小生の自然免疫系の永遠のライバルであり、つねに小生を圧倒するこの虫歯菌を勉強しようと意気込んで、花田信弘『もう虫歯にならない!』(新潮OH!文庫)を開いたのですが・・・

虫歯って、感染症だったのですね!!

のっけから驚きです。虫歯にならない人がたまにいますが、そういう人は、砂糖をまったく摂取していないか、または唾液中に虫歯菌がほとんどいないそうです。小生これまで、ミュータンス菌の存在を知っていたにもかかわらず、虫歯の原因を勝手に「遺伝」や「砂糖がエナメル質を溶かす」せいにしていましたが、とんでもない誤りでした。

虫歯の原因が細菌ならば、除菌するのが一番です。歯科衛生士さんに聞いてみると、汚れ除去PMTCに加えて、3DS(デンタル・ドラッグ・デリバリー・システム)をすると確実とのこと。保険が利かないのが難点ですが、5千円程度なので、治療が終り次第、チャレンジしようと思います。

それにしても、虫歯が感染症だということは、小さい子供の虫歯の原因は、甘い物ではなく、親が保菌者だから、ということになります。叱られるべきは子供ではなく、大人だったわけです。事実、赤ちゃんの口の中には虫歯菌がいません。

小生、どうやらこれまでに大量のストレプトコックス・ミュータンスを子供に口移ししたようです。子供が虫歯になったら、どう謝ったものでしょうか。。。

(「お前が砂糖を食べなければ、ミュータンス菌も悪さできない。だから、砂糖を食べたお前の責任だ」、と言い逃れるのは、もちろん、条件を原因にすりかえる詭弁論理ですよ。)

2007年6月26日 (火)

連結家計?単体家庭?

今週号(2007年6月25日号)の『日経ビジネス』で「崖っぷち親子家計」と題する特集が組まれていると知り、早速目を通してみました。贅沢のためではなく、生活防衛のための「親子連結家計」が増大していることが、いくつもの実例を通して描かれており、大変におもしろい特集記事でした。

そもそも「連結」とは、親会社の財務を、その支配下にある子会社、関連会社などと合体して表示することです。つまり、企業グループ全体の財務内容を、あたかも一つの企業の財務のように、取り扱う方法です。(連結会計は日商簿記1級の学習内容ですので、3級の小生にはそれ以上は分かりかねます。)

よって、「親子連結会計」とは、親世帯と子世帯の損益(年収と支出)、資産、負債、純資産(資本)をそれぞれ合算し、あたかも一つの世帯として取り扱うことを意味します。『日経ビジネス』によれば(同、36-37頁)

子世帯   収支+12.2万円  純資産 -698.9万円

親世帯   収支+13.2万円  純資産 +950.1万円

だそうですので、親子連結すると、

連結世帯  収支+25.4万円  純資産 +251.2万円

となります。そして、この数字は、10年前(収支+27.5万円、純資産+1535.2万円)と比べると、とくに純資産の面で非常に厳しくなっているとのことです。

「親子連結」というと、パラサイト・シングルとか、親に子供を預けて共働きで豪奢な暮らし、といった印象をもっていたのですが、本特集を読んで、そういう例ばかりではないと思い知らされました。

貧しい世帯同士が集まって住宅や水道高熱等を節約する、生活防衛型の親子連結が拡がってゆけば、近い将来、一人暮らしや核家族は、最高レベルの贅沢だとみなされるようになるかもしれません。(実際、現代の先進国を除く全ての時代・地域では、大家族がごく普通の居住形態でしょう。)

しかしながら、大家族の時代は、嫁と姑が同居するわけですから、女性にとっては受難の時代かもしれません。さしもの日本女性も、長寿世界一を守り抜くことはまずあるまいと思われます。

よって、家内思いの(!)小生は、小なりと雖も核家族と単独家計を守り抜くよう、頑張る所存です。2DKの賃貸マンションこそ、ささやかなる贅沢の証だったわけですね。

2007年6月25日 (月)

お金持ちの品格

先日、たまたまNHKの「にほんの、これから」という討論番組を視ました。労働(非正規や成果主義など)がテーマで、一般の参加者のほか、森永卓郎氏や金子勝氏、香山リカ氏など、著名人も出演していたので、しばらく眺めていたのですが・・・

日本の「勝ち組」と呼ばれる人々は、どうしてこう性格が悪いのか?

と、つくづく感じました。

パートやフリーターの人が雇用差別の現状を訴えるたびに、勝ち組というべき人々が、「非正規がイヤなら正規になればいい」「希望職種に雇用がないなら起業すればいい」「田舎に職がないなら東京に来ればいい」などと反論する光景が、何度も番組中に繰り返されました。

言うまでもなく、この種の反論は、その実現可能性をまったく考慮しないという点で、単に「抽象的な可能性」を言ったに過ぎず、現実にはまったく意味のない議論です。暖かい励ましの言葉をかけることもなく、冷然と非正規なのはお前の責任だと言い放つ神経は、本当に小生には理解できません。

番組の構成上、言わせている部分もあるかもしれませんが、それにしても、自己陶酔と弱者蔑視の混じった、心情的には下劣という他ない謬論だと思います。

もちろん、小生には、起業の経験はありません。ですが、受験戦争や就職競争を潜り抜けた団塊ジュニアとして、人間には運不運がつきものであり、だからこそ、一時の勝ち負けで他人を見下してはならないと考えます。いろいろあるからこそ、人々は互いに助け合い、国家も社会保障を整備するのではないでしょうか?

第一、他人の気持ちもわからないで、本当にビジネスで成功できるのか、はなはだ疑問です。取引先や従業員、顧客や地域住民など、いろんな人達に支持されてはじめて、ビジネスとして大成できるのではないですか?

偽装請負の件もそうですが、どうも最近の勝ち組リッチには、弱者の置かれた状況を想像し、それに共感・同感する力が欠けている者が多いように思います。市場原理主義の祖というべきアダム・スミスが、市場社会の根底に「共感原理」(sympathy)を据えたことの意味を、どう理解しているのでしょうか?

頭がはてなマークだらけになる討論番組でした。(番組自体はとても面白かったですよ。)

2007年6月17日 (日)

結婚の損得?

先日、若い医者(の卵)から、「結婚は得なのか損なのか?」との質問を受けました。とっさに、「たしか経済学者のワルラスが、結婚の損得計算をして独身を選択したはずだから、経済的には損するだろう」と返したものの、なにか違うような気がして、「しかし、独身者の寿命はたぶん短いだろうだから、健康面ではお得かもしれない。医者になったらしっかり調べてくれ」とまとめました。

結婚については、国立社会保障・人口問題研究所の「結婚と出産に関する全国調査」で意識動向がわかります。2005年に実施された第13回調査が最新で、主な結果がネット上で公開されています。また、平成17年版の『国民生活白書』でも、同様の調査結果が公表されています。

ざっとみると、男性の7割、女性の8割が「結婚には利点がある」と答えており、具体的には、「子供や家族をもてる」「精神的安らぎが得られる」からだそうです。小生も同感です。にもかかわらず、25歳以上の男女が結婚しない最大の理由は、「適当な相手がいないから」です。

しかし、「相手がいない」とか「出会いがない」とか言っても、まさか世の男女の多くが同性のみの職場にいるわけではないでしょう。問題は、自分の決めた条件をクリアする相手がいない、ということになります。

そこで、結婚相手に何を求めるかですが、『国民経済白書』をみると、人柄や価値観(家事育児への理解も含む)に加えて、男性の場合は容姿、女性の場合は経済力を重視しているようです。女性はやはりシビアです。男性もそのことは感じるのか、33歳以上の独身男性の3割が、未婚の理由に経済力不足をあげています。

とはいえ、女性もまさかかつての「三高」(高身長・高収入・高学歴)を求めているわけではないでしょう。前から述べてきたように、世帯を構えて人並みの人生を過ごすだけでも、まず相当のお金がかかります。世帯合算で手取り600万円はないと、相当厳しい生活になるとの試算もあります。

共働きならば600万円もなんとかなるでしょうが、仮に女性が専業主婦を希望する、あるいは当面は子育てに専念したいと考えた場合、手取り600万円、年収ベースで800万円稼いでくる男性と結婚しなければなりません。しかし、20~30代前半の男性で、それだけの年収をとる者がどれだけいるでしょうか?

800万円は言い過ぎかもしれません。そこで、総務省「2002年就業構造基本調査」をみると、年収と有配偶者率をまとめた統計が載っていました。大雑把に言えば、30代前半で年収500万円に満たないと、半数が独身になる一方、500万円以上だと、7割が結婚しています。つまり、年収500万円が、現実的な分水嶺ということになります。

そんなわけで、冒頭の質問に対しては、「結婚の損得以前に、そもそもお前、医者になれなかったら、まず結婚してもらえないぞ。だから、死ぬ気で勉強しろ!」と返すのが、最善の回答だったということになりそうです。

返す刀で、医者でもない小生が結婚できたとは僥倖の極みですな、と揶揄(やゆ)されたかもしれませんが。。。

2007年6月16日 (土)

靴の手入れ

今日は久しぶりの休日。天気に恵まれたのですが、先日より体調があまりすぐれないので、靴や背広、電気剃刀などの手入れに勤しみました。高原の別荘にてモーツァルトを聴きながら紅茶を味わうのもいいですが、マンションのベランダで愛用品を手入れするのもなかなかリフレッシュできます。(もちろん別荘は空想ですよ。)

前にも何度か述べましたが、小生は、靴と紳士服に多少関心があります。それらを身に纏い、自宅から外に出て仕事に赴き、日々の糧を得るわけですから、決しておろそかにできないと考えるからです。

なかでも靴は、外出時に足を保護するだけでなく、玄関先で紐を締めるときに心もぎゅっと締まる気がして、メンタル面でも仕事の支えになってくれます。(他方、ネクタイは、なんだか首をぎりぎり絞められるようで、じつはあまり好きではありません。)

靴の世界はとても奥深く、なかには紳士靴マニアとよばれる人々もおられるようですが、小生の場合、あくまで仕事のための「いでたち」との位置づけですので、工芸品的な価値を求めることはしません。あまり高価でなく、しかし素材とつくりのしっかりしたひも付きの革靴、それも流行に左右されないごくクラッシックなデザインのものを数足、手入れをしながら履きまわしています。

小生の手入れ法は、まずブラシとクリーナーで汚れを落としてから、クリームをさっと塗り、すこし時間を置いて、シュークロスでよく伸ばす。あとは日陰干しをして、木製のシューキーパーをはめて完了です。手入れの頻度は、だいたい月に一回ほどです。

いまの靴は購入して3年以上たちますが、シューレース(靴紐)を交換したほかは、とくに痛む様子もなく、まだまだ愛用できそうです。むしろ、革がほどよく柔らかくなって、自分の足によくフィットするので、新しい靴を買う気がしません。靴に足を入れるときに、シポッと空気が抜ける音がするのですが、これは靴屋さんに言わせると、「ベストフィットしたときの福音」だそうです。

ところで、紳士靴に関心を持つようになって長らく疑問なのは、市販されている靴用クリームの多くに、ロウ成分(ワックス)が含まれていることです。小生は前からそれが嫌で、わざわざ伊勢丹まで赴いて、ロウの入っていないM.モブレイ社のデリケートクリームを買いにいきます。

いくら鞣(なめ)してあるとはいえ、ロウで表面をガチガチに固めるのは、天然素材である革にとってよくないだろう、と思うからです。厚化粧すると皮膚がだめになるのと同じ理屈です。

それに第一、エナメル靴のようにピカピカ光るのは、あまり上品とは思えません。紳士靴には重々しさが肝要で、光らせるならつま先を少しだけ、というのが欧米のセオリーだそうです。(軽い茶系のイタリア靴は違うかもしれませんが、これはあくまでカジュアル用です。)

もちろん小生は革の専門家ではありませんし、鏡面仕上げなどの加工がしてあるとロウなど関係ないなどと言われるかもしれませんが、靴にせよ鞄にせよ、革製品は「皮膚呼吸」を大事にする(よごれをおとし、水と脂分をほんのすこし補給する)、というやり方が小生の手入れの基本です。それで大過なく済んでいます。

靴や鞄、あるいは家具などは、安物を短期で使い潰すより、すこし良い物を長く愛用する方が、結局は節約になりますし、人生に潤いももたらします。ただ、メンテナンスについては、いろいろ工夫する余地があり、それ自体が一種の気分転換になります。

もっとも、本質的にものぐさな小生にとっては、あまり物が増えると手入れが面倒になることも、無駄な浪費を防ぐ一助にもなっているようです。物を手入れして愛用するという習慣は、いろんな意味で家庭経済に貢献するのかもしれませんね。

2007年6月 9日 (土)

仕事と道楽

今週末も出張でした。九州です。車中の友に新書か文庫を持ち込むのが常ですが、今回は、長山靖生『若者はなぜ「決められない」か』(ちくま新書)を読みました。フリーターの存在や考え方を、漱石の「高等遊民」以来の「勤労を尊敬しない伝統」に位置づけた第5章や、著者自身の職業選択の経緯と重ねて処方箋を提言した第7章など、なかなか面白かったです。

読了して思ったことは、「仕事」というのは、あくまで生活するための報酬を得る活動であり、買い手(顧客や上司)の機嫌をとり、満足させることが大原則だと、確認できたことです。報酬目的の労働は、本質的に他者性を帯びており、自己実現を目的とした活動とは厳密に区別されねばならないわけです。

したがって、自分の楽しみや自己実現を目的とする活動は、報酬がどうあれ、本質的には、「道楽」とよばれるべき活動ということになります。

もちろん、一流のアーティストやスポーツ選手、学者、職人など、仕事と道楽が合致する幸運な人もいますが、稀なケースでしょう。画家は、よほど太っ腹なパトロンを持たない限り、自分の書きたい作品だけに没頭することはできず、生活のために小奇麗な風景画や肖像画を製作しなければならないでしょう。大学教師も、研究時間を削ってでも学生を楽しませる講義をしなければ、いずれくびとなります。

だからといって、「仕事はお金のため、余暇こそ自分の人生だ」という単純な二分法も、少し寂しいように思います。前にも述べましたが、人生の大きな時間を仕事に費やすのですから、自己実現ややりがいといった道楽的側面も併せ持つよう、努力し工夫すべきです。

さらに、仕事の目的である客のニーズが、常に正しいとは限りません。どれだけ患者が欲しても、糖尿病患者に甘菓子は厳禁でしょうし、学業成績を厳格に判定せず、全員に甘い点をつける教師も失格でしょう。専門知識や職業倫理を優先させるべきケースもあるわけで、そうした判断力を仕事を通じて養うことも大切だと思います。

目を引いた文章を一つ。「今の書生は学校を旅館のごとく思う。金を出してしばらく逗留するに過ぎず、いやになればすぐに宿を移す。かかる生徒に対する校長は宿屋の主人のごとく、教師は番頭丁稚なり。主人たる校長すら、ときには御客の機嫌を取らねばならず。いわんや番頭丁稚をや。」(前掲書、150-151頁。原典は漱石『愚見教則』)

明治の高校・大学も今とたいして変わらなかったようですね。。

2007年6月 8日 (金)

散髪

医療費は健康に気をつければ回避できますが、散髪は生きているかぎり免れません。しかも、代金がけっこうかかります。一般には、理容院で3~4000円、美容院でスタイリッシュにカットしてついでにトリートメントなどすると、6000円は超えます。仔細あってパーマにヘアカラーも命じると、まず小遣いは残りません。

小生も独身で色気づいた季節には、美容院(カット、カラー)と理容院(剃毛?)のダブルで決めていましたが、子持ちの30代ともなれば散財もままなりません。格安の散髪屋を試してもいいのですが、もう一工夫したいところです。

そこで小生は、費用対効果をじっくり検討した結果、散髪用電気バリカンがベストであるとの結論に達しました。いろいろ調べて購入したのは、

カットモードER509(National製)

です。

購入してはや一年以上経ちますが、切れ味も落ちず、気持ちよくジャリジャリ刈ってくれます。肌を傷つけたこともありません。上位機種も出たようですが、①水洗いができ、②テクニックBOOKが同封されており、さらに、③収納箱に整理できるので、小生はとても気に入っています。愛玩(あいがん)の度合いでは靴手入れセットと双璧(そうへき)でしょうか。

実際にカットするのは、家内の仕事です。毎回のお駄賃500円。ある程度たまったら外食でも、と思っていたら、勝手に投信を購入してました。小生の出番なしです。

なお、家内の髪は美容師さんが手入れします。これはさすがに節約の対象外です。(髪は女の生命、という古い格言もあります。)

2007年6月 6日 (水)

ハッピネス

小生の家庭では、勤倹貯蓄を行うにあたって、生活の幸福感(ハッピネス)に直結する費目は定額化するにとどめ、そうでないものを大胆に見直すというやり方をとっています。独身時代に比べて家計はかなり引き締まりましたが、小遣いなどはあまり減っていません。家族旅行費など、新たに計上する費目もあるくらいです(旅行積立を利用しています)。

経済学では、財やサービスの消費から得られる満足感を「効用」(Utility)とよぶそうですが、詐欺や不良品でもない限り、すべての財貨は効用をもたらします。小生は足を洗いましたが、タバコのような健康に害悪をもたらす恐れのある物ですら、中毒になるほどの効用をもたらします。

しかしそれでは、めりはりの効いた生活はできません。効用をもたらす財貨のなかから自分なりに取捨選択し、優先順位をつけて消費しなければ、お金はたまりませんし、生活も自堕落になります。

そこで、小生は、自分と家族の人生にぜひとも必要なもの、生活に潤いと深い楽しみをもたらすもの、幸せな気分になれるものなどをよく考え、それらをまとめて「ハッピネス」とよぶことにしました。

幸福感をもたらすものは人それぞれでしょうが、小生と家内の場合、シンプルなライフスタイルと家族と過ごす時間、そして着実な資産形成が、ハッピネスをもたらすことがわかりました。また、夫婦ともに読書や映画鑑賞(DVD)が趣味なので、それらも重視しています。

本当に必要なものが決まれば、あとは効率的にそれらを調達すればよいだけです。ネットを使えば有益な情報がいくらでも見つかるので、じつに便利です(ネットもわが家のハッピネスの一要素です。)

漠然と毎日に不満がある方は、自分と家族のハッピネスを考えることからはじめてはいかがでしょうか。

「コンビニで買い物をする人は、時間に追われている人以外は、生き方に隙のある人だと思う。」(山谷哲夫『「B級自由民」宣言!』宝島社新書、98頁)

2007年6月 2日 (土)

救世軍

昨日より東京出張でした(例によってパンとコーヒー持参です)。つい数日前に読んだ山谷哲夫『「B級自由民」宣言!』(宝島新書)に救世軍バザーについての記述があり、節約生活の足しになるかと思って足を伸ばしたのですが、

な、なんかついてゆけない。  (-_-;ウーン

まず、辺り一体が宗教的コミュニティの雰囲気で、部外者の小生はのっけから怖気づきました。立正佼成会の本拠地でもあるようで、仏式の施設も目に付きます。駅から10分ばかり歩いて会場に着くと、今度は軍服をまとった人たちが入り口をガードしています。救世軍の予備知識がなければ、怖くて素通りするところです。

おずおずと入店すると、中は意外と整然としており、区画ごとに商品が陳列されていました。かばん、家具、紳士服、こども用品、古書と順にみてまわって(他にも婦人服とか貴金属、家電もありますが小生はスルーです)、いくつか手にすると、たしかに破格の値段です。机にいす2脚で1万円、ツイードのジャケット3千円、大型金庫1万円。古書も定価の10%以下です。しかも、まとめ買いなどすれば値引きできるようで、外国人の客がしきりに交渉していました。

とはいえ、小生はあまりじっくり品物を見ることもなく、会場を後にしました。ただのフリマと思えばよかったのでしょうが、駅から感じた違和感がどうしてもぬぐえなかったからです。

小生自身は宗教や社会奉仕に関心がありませんが、そうした人達にはある種の尊敬心を抱いています。悩み事をかかえて聖書や仏典を紐解くこともしばしばです。救世軍がごくまっとうなプロテスタント系宗教団体で、昔から社会福祉活動に積極的なことも知っています(「吉原炎上」でも観ました)。

それでもなお、別世界という観念に憑りつかれ、せっかくのバザーにも参加できないのは、これはもう、感性の所産ですので、どうしようもありません。理性で押し切ることもできますが、知らない場所では感性を信じるほうが無難です。

もっとも、衣類や靴、かばんなどは、素性の良いものを長く愛用することで、愛着もわき、節約にもなります。値段だけをみて慌てて買うこともないかと帰りがてら思い直すことで、ささやかなる精神的再建を果たしました。

2007年5月30日 (水)

互助

ひさしぶりに職場の飲み会でした。普段は無口な課長が焼酎の薀蓄(うんちく)を楽しそうに語り、別の陽気な課長がお遍路さんをしていると告白したり、なかなか有意義な時間を過ごせました。

「安心のFP」は、お金を計画的に準備することにすぎず、それだけで人生の安心が得られるものではありません。非常事態や天変地異に遭遇したときは、お金など何の役にもたたず、むしろ普段の人間関係が物を言います。人生の安心を得るためには(たぶん人生の楽しみも)、FPによる「自助」に加えて、万一のときに助け合う良好な人間関係もまた、必要だと思います。「自助」と「互助」がともにあってはじめて、安心できる人生になるといえましょう。

本当は、ヨーロッパ並みに「公助」もしっかりして欲しいものですが。(むしろ「公序」ばかり強調されてるような気がします。)

2007年5月28日 (月)

郷土史

「信長の館」の余熱が残っているのか、昨晩より歴史についてつらつら考えていました。歴史といっても、信長の天下取りとか、ローマ人の物語とかいった壮大なものではなく、もっと身近な、近隣の史跡が語りかける歴史にについてです。

むかし読んだ遠藤周作氏のエッセイのなかで、こんな話がありました。

引越しをしたら近くの史跡について調べるとよい。郷土史家しか注目しないような史跡でも、そこで繰り広げられた人間ドラマを知るにつれて、次第に愛惜の情がわき、その地域で暮らすことが楽しくなるからだ。

とかいうような内容だったと思います。(文体も語句も小生の創作です。大文学者の真似はとてもできませんので。)

考えてみれば、400年か500年前にも、その時代を精一杯に生き抜いた人たちがいて、その生命が続いたからこそ、自分たちが今こうして生きているわけです。かつての居城や邸宅はすべて烏有(うゆう)と帰したのに、ひとり生命の連鎖は途切れることなく、綿々と続いている。なんだか不思議な気分になります。

英国では、郷土史は紳士の嗜みの一つだそうですが、世俗的な実利を離れて身近な歴史に接することは、たしかに精神を高めるように思います。愛国心とかなんとか難しいこと言わなくても、郷土の歴史を学ぶことで、より高邁な精神性が育まれるのではないでしょうか。

2007年5月24日 (木)

紋切り型

会議にて、とある調査計画書の審査を担当しました。再申請なので問題なく通過すると思っていたところ、なんだかおかしい。他の審査委員からも疑問の声が出て、本人を呼び出して質問攻めにしました。結果は再々申請の必要あり、ただし委員長が事前に指導する、という厳しいものでした。

会議のあとで思ったのですが、厳しい結果となった最大の理由は、調査の目的や方法ではなく、むしろ計画書の文章や依頼状の書面に難があるということでした。申請者はいたってまじめな方で、目的や方法にもとくに変な部分はないので(小生の目から見て)、文体というスタイルで落選したわけです。

むかし読んだ山本夏彦氏の著作のなかで、「紋切り型のススメ」という論を読んだことがあります。出典を失念したので正確ではないですが、次のような内容だったと思います。(以下は引用ではありません。小生の創作です。)

新人に礼状を出すよう命じたところ、半日にわたり呻吟している。どうしたと問うと、文が書けないという。手紙には決まり文句があり、それに沿えば誰でも礼状は書ける。ひとり新教育をうけた者だけが書けない。文明とはひとつの型であり、教育とは徹底的に子供を型にはめることである、云々。

教育観は議論が分かれるところですが、社会生活を円滑にするために型(スタイル)は必要であり、そうした型を習得することが躾の目的のひとつであることに、異論はないと思います。規律ある生活、礼儀作法、対人関係、古くからの慣わし・・・もちろん、暑い日のスーツも上司へのお中元も同じです。調査計画書の文体、依頼状の文面もしかりです。

計画書を作成した方は小生よりもかなり年配ですが、豊富な現場経験と引き換えに、文書を修行する機会を得なかったのでしょう。よく読書し、いろんな文体で作文する。今回の経験を他山の石として、小生も地力をつけたいと思います。(本blogも文書修行の一環です。)

なお、手紙について山本夏彦氏は、紋切り型に従いつつも、一言だけ思いを付け足すのがよいと述べています。最良の文書指南だといえます。

2007年5月22日 (火)

亭主関白

憚りながら、小生は自他ともに認める亭主関白です。よって帝である家内の命令は絶対です。子供はより過酷で、小生なぞただの家人(けにん)扱いです。

職場でも商法・会社法に定める「使用人」として、家人同様、わずかな給料と引き換えに、業務命令に服さねばなりません。ただの使用人ですので、人事や経営方針に疑問を抱いたところで、経営陣に異議を申し立てたり、方針の変更を迫る権限はありません。組合も同様で、ただ労働条件を交渉できるだけです。(しかも経営側が一方的な不利益変更をしても違法ではない。)

ところで、株式会社の発行する株式は、利益証券であると同時に支配証券でもあるため、株式を保有する者には絶大な権利が付与されます。株主になれば誰でも、定期的に事業報告・財務報告を受け、株主総会で意見を表明することができ、取締役や監査役の信任投票を行えます。実際に経営を左右するには至らないまでも、会社の状況を知り、堂々と意見を述べ、トップマネジメントの選出に関与できるのは、まったく絶大な権利です。

従業員も株主も同じステークホルダー(利害関係者)なのに、一方は無権利で、他方は主権者。株式会社と言うのは、よくよく考えると変な組織です。リスクテイクの度合いで言えば、人生(キャリア)を賭けている従業員の方が、株主よりもずっと高いように思えるのですが。(ついでに言うと、債権者も従業員同様、会社経営には口を挟めません。これも不思議です。銀行は別かもしれませんが。)

ともあれ、職場でも関白よろしく振舞うためには、やはり株主になるのが近道です。大株主ともなれば会社は意のままです。問題があるとすれば、小生の職場が株式会社ではないことです。

格言 「給料袋。あれは鉄の鎖でできているんだ。」(ヤン・ウェンリー)

2007年5月21日 (月)

駅弁

先日は久しぶりに東京出張しました。八重洲ブックセンターに立ち寄るのが恒例ですが、山手線はTVがついてるし、東京駅周辺には新しい高層ビルが建設中と、関西との差がどんどん拡いてゆくとの印象を受けました。関西ではほとんど感じませんが、たしかに東京では「いざなぎ越え」なのかもしれません。

好景気に沸く東京の方ならそうでもないのかも知れませんが、小生なぞは出張のたびごとに、駅弁の高さにため息が出てしまいます。1,000円クラスは並で、上等の幕の内ともなると1,500円はします。列車の中で求めるともう少し高いかもしれません。これにお茶やコーヒーを追加すると、街中でランチのコースが食べられるぐらいのお値段になります。

駅弁のなかには地域の特産品を用いたりして、とてもおいしいものが多いことも知っていますし、出張族や旅行者のなかには、各地の駅弁を食することに楽しみを見出す方も多いかと思います。小生は、そうした楽しみを否定するつもりはありませんし、出張のときぐらい、うまい飯をくいたいという気分もよくわかります。

ですがやっぱり、本当に1,000円を超える価値があるのかという疑問がどうしても頭を離れず、なかなか購入に踏み切れないのが実情です。コンビニの弁当と比べるのは不公平かもしれませんが、1,500円出すなら(関西では)ランチを楽しめるので、その比較で割高感を抱いてしまうわけです。

そんなわけで、次第に、軽食を持参したり、食事を済ませてから乗車することが多くなりました。一度、本式の手作り弁当とお茶をいれた水筒を持ち込んだのですが、さすがに周りの目が気になったので、最近では、おにぎりとペットボトル(中身は自宅で点てたお茶)という感じです。もちろん帰りは、ホテルに備え付けのティーパックでお茶を沸かし、コンビニかスーパーでおにぎりを調達して持ち込みます。(冬場なら帰りの食べ物も用意します。)

割引チケットを使って差額を着服すると懲戒されますが、食費を節約して日当を浮かすのは就業規則に反しない(と思う)ので、正々堂々、得した気分に浸りつつ居眠りを楽しむのが、小生の出張スタイルということになります。

食については、ブックセンターにて道元禅師の『典座教訓』(てんぞきょうくん)を見つけたので、いつか取り上げてみたいと思っています。

2007年5月18日 (金)

スタイル

スーツの続きですが、今度はスタイルについて考えてみます。

スタイルといっても、スリーサイズのことではありません。流儀とか様式(manner)のことです。梅雨の季節のスーツ姿はいやなものですが、スーツが自由に選べるメンズ・ファッションではなく、仕事にむかう装いを定めた社会的なスタイルであるとすれば、好きも嫌いもありません。従うだけです。スーツの母国イギリスともなると、出身大学毎に決まった柄のレジメンタル・タイを結ぶとまで言われています。

強制されたスタイルは他にも多く、社会生活を営む限り、どうにか折り合いをつけるしかありません。ただ、最近思うのは、より積極的に、自分なりのスタイルを追求するのはどうかということです。日々のくらしを、自分なりの心情をこめて美しく定型化することで、毎日を楽しめるのではないかと思うからです。

くらしのスタイルというと、LOHASとかアウトドアライフなど様々な提案がなされてますが、小生の場合は、一日の大部分を過ごす職場においても、なにか工夫ができないかと考えています。デスク周りに上質の小物をさりげなく飾っておく、ふいの来客に備えておいしいお茶の淹れ方を研究する、外回りのための革靴の手入れを怠らないなど、自分なりのささやかなスタイルを持つことで、仕事に趣味が増すとともに、個人としての矜持(きょうじ)も保てるような気がします。

最近見つけた言葉 「職業の道楽化」(本多静六著『私の財産告白』実業之日本社)

2007年5月17日 (木)

スーツ

昨夜より小雨が降っているせいか、日中は蒸し暑い一日でした。これからの季節でもっともイヤなのがスーツ姿で汗だくになることです。ネクタイで密閉されてサウナとなった体にYシャツがべっとり付着する、毎年のこととはいえ嫌なものです。

そんなわけで、以前より男性の服飾(紳士服)について関心があり、前にも登場した林勝太郎さんをはじめ、何冊か本も読んでみました。日本人を嗤った箇所しか覚えていませんが、ハーディ・エイミス『イギリスの紳士服』(森秀樹訳、大修館書店)にも一応は目を通しました。

しかし、どれだけ読んでみても、寒冷で乾燥した北ヨーロッパ、とくにイギリスの略衣服(ラウンジ・スーツ)を原型とするスーツを、高温多湿のアジアで正式な服装として着衣することに、納得がいきません。アフリカでは半袖・短パンでもOKですから(ネクタイと帽子は必須ですが)、アジアでも湿度に配慮した変形がなされてしかるべきです。クールビズは個人的にいまひとつなので、服飾メーカーや仕立て屋さんにはもっと頑張ってほしいと期待するところです。

仕立て屋といえば、知人に教えてもらった『王様の仕立て屋』(大河原遁、片瀬平太監修)というマンガが、服飾について一番勉強になります。マンガなのでイメージもわきますし、展開もおじさん好みの浪花節なので、再読に耐えます。連載初期の頃の『美味しんぼ』(雁屋哲原作、花咲アキラ画)に近い感じでしょうか。(画風はかなり違いますが。)

もっとも、スーツ姿で『仕立て屋』を購入するときは、けっこう恥ずかしかったりもします。おじさんにもジャパン・クールが理解できれば、多少は涼しくなれるのでしょうか。

2007年5月15日 (火)

歯医者

およそ3年ぶりに歯医者に行きました。なんとなく前歯がちくちくするので、鏡で見ると小さな穴が。子供の頃から虫歯には泣かされ続けてきましたが、この歳になってもミュータンス菌からは逃れられないようです。

ついでにと思って全部点検してもらったところ、自覚症状のないC2が4本もみつかり、ドクターには「汚れがたまってます」と追い討ちをかけられ、かなりへこみました。本日は歯石除去のみで終了し、来週からいよいよ治療開始です。

以前はまめに検診と歯石除去に通っていたのですが、しばらくご無沙汰している間も、虫歯は着実に進行していたわけです。これが資産形成だったらなぁと、虫のいいことを考えてしまいました。

明日は健康診断。こちらは無事であってほしいものです。

2007年5月13日 (日)

季節はずれの大掃除

休日の朝、のんびりコーヒーを飲みながら新聞を眺めていると・・・

「オムツを洗濯しちゃった~~」

との悲鳴。瞬間的にすさまじい映像が頭をよぎったのですが、実際に検分してみると、洗濯物に透明な吸水ポリマーが付着した程度で、どうということはありません。問題は、吸水ポリマーが詰まったのか、排水がうまくゆかず、このままでは洗濯機がつかえないとのこと。

リラックスした休日の朝から一転、排水口の清掃を命じられ、洗濯機の移動からヘドロ(?)除去まで、季節はずれの大掃除となりました。洗濯機がこれほど重たい物だったとは!

なんだかんだ言いつつ、一時間ほどかけて排水口をきれいにすると、なんだか禊(みそぎ)を済ませた気分になって、身も心もすごくリフレッシュ。洗濯の神様のご利益でしょうか。これからは、年に1回はきちんと排水周りを掃除しようと思いました。

お勉強(続き)

ヘルプを参照しつつ、なんとかアクセスカウンターを設置できました。他にもいろんなブログパーツがあるようなので、勉強とリハビリテーションをかねて、これから試してみようと思います。

HTMLやCSS、JavaScriptの知識が欠落した自分でも、簡単な操作でwebページを自由にカスタマイズできるblogの世界。なんとも便利で愉しいですね。

もっとも、内容や芸術性がより重視されるという点で、おじさん世代にとっては、難易度がかえって高くなったような気もするのですが。

2007年5月12日 (土)

優雅な休息

今日は天気がよかったので、家族連れで近所を探検しました。休日のレジャーというとお金がかかるイメージがありますが、何気ない公園や寺社、史跡を歩くだけでも気分転換になります。とある史跡の鎮守の森でのんびりしていると、プチ森林浴にもなって、癒し効果が抜群でした。

 「優雅とは大きく言って休息を愉しくする術、つまり人生の目的は休息にあり」(バルザック、山田登世子訳『風俗のパトロジー』新評論)

貯木

だいぶ前に古本屋でもとめた林勝太郎『英国の流儀』(朝日文庫)をぼんやり眺めていたところ、イギリス人は子孫のためにせっせと貯木(ちょぼく?)するとの記述が目にとまりました。彼の人々は靴や鞄、家具を代々にわたって大切にするそうですが、その習慣が原材料の調達にまで及ぶとはさすがです。実際には上流階級の特権なのでしょうが、自然由来の製品を大切に扱い、ひいては自然そのものを大切にするその精神には、学ぶところがあるように思います。

先日のNHK「クローズアップ現代」によると、わが国の心無い林業者のなかには、コスト削減のために山に重機を導入して樹木を「皆伐」し、植樹もせずに放置するものもいるそうです。

小生はエコロジストにはほど遠いライフスタイルですが、住宅や家具といった身近なところから、人間と自然のかかわりについて、少しは想いをめぐらせようと思いました。

2007年5月11日 (金)

衣替え?

今日から半袖で出勤! と思いきや、風が強くて意外に寒い。直行直帰の一日でした。

帰宅後、ネットで注文したムカデシャットが届く。室外用の木酢のにおいが多少鼻につくものの、きつめの化粧品や芳香剤に比べればどうということはない。不要な殺生を避けるべくベランダ周りに念入りに散布。どうかよく効きますように。

2007年5月10日 (木)

お勉強

仕事の合間を縫って、データベースとブログについて勉強しました。SQLもHTMLも完全に忘れているのにびっくり。2次方程式の解の公式は今でもスラスラ言えるのに、中年になってからの知識はダメダメです。

統計学の日課が残ってるけど、もう眠いので明日にします。。。

2007年5月 9日 (水)

blogはじめました

遅まきながらblogはじめました。いつまで続くかわかりませんが、がんばります。