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2008年6月

2008年6月25日 (水)

なぜインデックス投資なのか

これまで何度か書いてきたように、投資の勉強にさして時間の割けない個人投資家にとってベターな(ベストかどうかわからないので)投資方法は、インデックス投資だと思います。具体的には、TOPIXなど株式時価総額を反映した指数に連動する投信やETFです。

最近はインデックス連動投信の種類も増え、かつコストも安くなっているので、ネットをつかえば簡単に国内外の株式及び債券指数に連動したポートフォリオを構築できます。期待リターンとリスクを計算するツールすら、簡単かつ無料で入手できます(制作者のご好意ですね)。

ただ、インデックス投資をする場合に、コスト以外にも留意しなければならないことがあります。それは、過去の数値から計算した期待リターンが、自分の投資期間(小生の場合は今後30年)で実現するかどうかは、誰にもわからない、ということです。

例えば、米国株式は過去100年間に、年平均9.5%(インフレ調整後は6.5%)のリターンをもたらしました。大恐慌や世界大戦などを挟んだにもかかわらず、名目で7年、実質でも約12年で、資産が倍になったわけです。

しかし、だからといって、次の100年も同じリターンが得られるとは限りません。20世紀は人類史上まれに見る経済成長をとげた世紀でしたが、21世紀も同じトレンドが描けるのか、地球環境問題や資源枯渇などを考えると、疑問符がつきます。

さらに、身近な日本経済の長期的な成長性については、どれだけ確信できるでしょうか。株式が年平均6%で成長するなら、小生が還暦を迎える2030年頃には、日経平均は6万円ほどになるはずですが。。。

要するに、過去のデータをどれだけいじっても、将来にわたる株式の期待リターンを求めることはできないわけです。そもそも過去の平均リターン自体、期間の取り方によって大きく変わります。

たしかケインズの言葉だったかと思いますが、平均自体が流動的であるにもかかわらず、過去の平均、あるいは「平均への回帰」を信頼することは、大きな危険をもたらします。

過去のデータをどれだけいじっても、所詮は過去のデータ。リスクとは、じつは未来のことに他なりません。

ただ、未来が不確実だからこそ、人間は生きられるという面もあります。確実な未来しかない社会では、人間は精神を病んでしまうでしょう。小生のようなリスク回避的な小人でも、やっぱり夢はもっていたいですから。

かつてA.スミスは、人間がギャンブルにはまる理由について、「大半の人間が持っている自らの能力への過大な自惚れと、未来に対する馬鹿げた夢」だと述べたそうですが、少なくとも後半部分については、インデックス投資にも当てはまるのかもしれませんね。

2008年6月24日 (火)

買いたいときは(3)

ずいぶん間があきましたが、買いたいときはの続編です。

買いたいときは

買いたいときは(2)

前回までの結論は、資産への投資と消費財の購入とを区別すること、そして消費財の購入はできるだけ安く済ませること、ということでした。

それでは、耐久消費財の場合はどうなのかというと、これも消費財である以上、できるだけ安く済ませるべきです。住宅、家電製品、服飾の購入は、食材・雑貨の場合と、原則的に変わりないわけです。

ただ、耐久消費財は1年以上にわたり使用できるので、単なる値段で比較するのはなく、値段(および手入れの費用)を期待される使用可能期間で除した数値で考える必要があります。

例えば、服飾品の場合、安物を1年でダメにするより、上等のものを手入れしながら長く使用した方が安上がりでしょう。小生は5年前に3万円で購入した靴をいまだに愛用していますが、手入れコストを年500円とみても、お得な買物になりました。

それから、家具や家電製品、自動車、住宅などの場合は、期間当りコストだけでなく、自分が必要とする機能を絞り込むことが、購入前に不可欠であると思います。

パソコンを通販等で購入する方ならよくご存知と思いますが、自分が必要とする機能ないしスペックを吟味しないと、不必要に高価な買物となり、しかも利用しないという無駄が生じます。

おそらくは住宅も同様で、子供の数にあわせて広い住宅を購入してしまうと、末子独立後は、多くの部屋がデッドスペースないし倉庫になってしまいます。坪あたり購入単価が大きいだけに、そうした支出はできれば避けたいものです。

ともあれ、耐久消費財の購入には衝動買いは禁物で、家族ともよく話し合い、じっくり検討すべきだということですね。

なお、消費財の購入を人的投資とみなすならば、もう少し議論が複雑になります。教育や食費はもちろん、服飾すら人的投資になりえます(investment clothing とか power clothing とよぶそうです)。この点については、また後日、検討したいと思います。

2008年6月19日 (木)

マンションを考える(2)

前の記事の続編です。今回は、村上健『良質のマンションを手に入れる』(生活人新書)の紹介です。

著者は一級建築士でもありながら、購入者の立場に立って5年間に600件を超える検査(施工中検査、内覧会検査等)を実施してきた、まさにマンション売買の裏表を知り尽くした方ということです。

そこでじっくり読んでみたのですが、期待に違わず、売買や検査の現場をリアルに描いて、下手な小説よりも面白い書籍です。厳しい指摘に誠実に対応する売主や施工者も紹介されていますが、欠陥を絶対認めず、ついには客を怒鳴りつける逆ギレ担当者も少なくないようで、クレーマー対策に頭を悩ます他の業界と比べると、異様としか形容しようがありません。

小生は賃貸ですが、前に換気扇の故障で管理会社を呼んだとき、会社が指定する業者から高額な部品交換料(ネットで調べた相場の数倍)を請求された経験があります。建物が公的融資を受けたものであることを思い出し、契約書にそうした特約がない旨を強調して、自分で探した業者に無料で直してもらいましたが(部品自体に不良があったそうです)、そのときも担当者が電話口や玄関先で大声で怒鳴りちらしたのを思い出します。

購入にせよ賃貸にせよ、他の産業ではありえないマンション業界の実態。情報の非対称性が強い業界だからこそ、説明責任の強化や第三者評価等の仕組みを整備し、誠実な企業や担当者が報われるようになってほしいと、強く感じました。

マンションを考える

2年前の本ですが、山岡淳一郎『マンション崩壊・あなたの街が廃墟になる日』(日経BP社)を読みました。REIT投信の積立をはじめてから不動産への関心が高まっており、まずは定評ある書籍から読もうと思い立ったからです。

区分所有についてはFP試験で勉強しましたが、やはり現場の実態を知るためには、ジャーナリスティックな書物が不可欠です。同書では、デペロッパー、販売業者、都市再生機構(旧公団)及び国交省、そして「資産価値暴落」に怯える居住者など、関係者の壮絶なドラマを描いて委曲を尽くしています。

と同時に、最終章ではマンションというコミュニティ再生の試みにも触れており、なるほどと思わされます。

マンションには多くの人の様々な思いが込められているので、きめ細かな対応、医療でいうインフォームド・コンセントやセカンド・オピニオンの仕組みを建築や販売のさいに導入すべきでしょう。また、住民同士も、財産という視点だけでなく、コモンズという視点からも、マンションを考えるのが得策なのだと感じました。

なお、著者には別に、色平哲郎氏との共著『命に値段のつく日』(中公新書ラクレ)という本もあります。いずれも、医療や建築といった、専門性の壁の向こうで利害が錯綜するきわめて難しい社会問題を分かりやすく紹介した好著でした。

2008年6月16日 (月)

STAMシリーズの運用報告書(2)

STAMシリーズのTOPIXとグロREITの運用報告書が届きました。1月から5月12日までの運用という点に留意する必要はありますが、TOPIXインデックスは信託報酬以外のコストが0円と、素晴らしい実績です。

しかしながら、グロREITは1万口当り信託報酬30円に加えて、売買委託手数料4円、有価証券取引税5円、そして保管費用等がなんと23円もかかっており、コストが目論見書(信託報酬年0.861%)の倍以上です。

期末の報告書を見るまでは何ともいえませんが、この調子では実質コストが年1.7%にもなってしまい、保有を見直す必要も出てきます。(とはいえ、海外の生REITを買うのは現実的ではないので、ポートフォリオ効果が見込める別種の金融商品を物色することになりますが。。。)

個人投資家としては、「インデックス」の名称を冠しているとはいえ、REIT指数連動型については、追加コストにしっかり注意を払う必要がありそうです dog

2008年6月15日 (日)

STAMシリーズの運用報告書

年初よりSTAMシリーズ(TOPIX、グロ株、グロ債、J-REIT、グロREIT)を積み立てていますが、先日、グロ株、グロ債、J-REITの運用報告書が贈られてきました。

運用報告書で最初にチェックする項目は、「1万口当り費用明細」です。信託報酬は目論見書でも明記されていますが、期中の売買委託手数料や保管費用、監査料などは決算までわからないからです。

個人投資家がコントロールできるのはコストだけ、という現実からすれば、当然の行動ですね。(反論あるかな・・・)

あとは、分配金(ゼロが望ましい)、基準価額の騰落要因、売買高比率(株式投信)、デュレーション(債券投信)などをチェックし、マザーファンドの組み入れ銘柄にざっと目を通して、終了です。銘柄をみると改めて投信のすごさを実感します。

今回は半期分の決算なのでコストも半年分とみなければなりませんが、信託報酬以外の追加コストは1万口当たり1円程度で、さすがインデックス投信、さすが住信AMです。(といいつつ、グロ債を三菱UFJの世界債(年1回)に乗り換えたりしてますが・・・coldsweats01

ただ、J-REITの売買委託手数料が3円(信託報酬は20円)と若干高めなのが気になります。グロREITの報告書も気になりますが、REIT指数の銘柄変更の影響なのか、それ以外の要因なのか、検討が必要かもしれません。

もっとも、東証にREITのETFが上場した時点で、スイッチングすればいいだけの話ですけどね。。。

2008年6月14日 (土)

プチ園芸療法

子供が通う保育園のご好意で、この春から1坪ほどの農地を借りて、プチ家庭菜園を営んでいます。1坪とはいえ、土いじり初体験者にとってはじつに広大で、スコップ片手に畝をつくり、鶏糞を混ぜ、雑草を取り・・・などしていると、あっという間に数時間になります。

今のところ、なす、ミニトマト、しし唐、リーフレタスが順調に収穫できており、これから小松菜や青梗菜を育てる計画です。(お隣の農家にかなりお世話になっているので。。。)

これまで畑の手入れはほとんど家内に任せてましたが、小生も久しぶりに作業してみると、一心不乱に大地と向き合うせいか、いい気分転換になりました。(家内も育児の気分転換になるそうです。)

仕事のストレスでイライラしがちな毎日ですが、今日は久々にリフレッシュ。プチ園芸療法(?)というべきですねhappy01

健康の価値

最近はやや抑うつ気味で、軽い睡眠導入剤なども服用していますが、それだけにしみじみと感じることは、健康の経済的価値、ということです。

小生愛読のタウン誌には、人生相談・家計簿診断といったコーナーがあり、毎週のように投稿者の相談に専門家が答えています。見ると人生は様々で、20代で5000万円の資産を作ったのでどう運用しようか、みたいな豪儀な相談もあれば、50代夫婦で妻が病気でパートに出れなくなり、子供の学費をどう工面するかという、切実な話題もあります。

小生はやはり同年代の子持ち世代の相談を熟読し、ついでにわが家と比較してみます。家計簿や保有資産もそうですが、なにより相談に至る背景として、仕事や生活面でどんな変化があり、それが家計にどう影響したのかについて、学びたいからです。

そこで感じるのが、健康の価値です。いままで共働きでやりくりしていたのに、急に妻が病気になって、家計が回らなくなった、という類の話はとても多いです。いえ、夫の側がうつで休職してしまい、専業主婦だった妻はさして就労経験がない、という厳しいケースもあります。

給与所得の欠落を資産運用で補える富裕層であればまだしも、庶民にとっては健康を失い、給与所得が大幅に減少することは、貯蓄や保険その他で当面はしのげたとしても、いずれ経済的に破綻することがおおいでしょう。

そう思うと、運用益数万円の投資信託の選定に頭を悩ますぐらいなら、家内とおいしい梅酒(手作り)を飲み、家庭菜園で栽培した葉レタス、トマト、きゅうりのサラダ、おなじく自家製ナスの炒め物に舌鼓を打つほうが、健康的であり、家計経済的(節約)であり、また人的資本に経済的(健康余命向上に伴う期待所得上昇)でもあります。

健康的なくしてファイナンシャルプランなし、ですね。good

(導入剤マイスリー服用して書いているから、頭がボ~としてます。。。)

2008年6月13日 (金)

限度を知らない

縁あってここ10年ばかり医学生に講義をしていますが、最近とみに痛感するのは、限度を知らないヤツ(男女)が増えてきた、ということです。比率で言うと、10%から30%に増えた、という印象です。

こちらが話しているのに私語をやめない、というだけでなく、ケータイやモバイルでメールをやめない、iPODのイヤホンをつけて堂々と音楽鑑賞する、菓子を片手にマンガを借りに講義室内をうろつく、果ては90分の授業なのに80分遅れて出席したと強弁する等、こちらが注意を控える限り、増長してやみません。

かといって、全体に対して注意しても自分のこととはつゆ思わず、個別に注意されるに及んで、却って逆ギレします。下手をすると、こちらがハラスメントで訴えられかねません。

また、真面目に受講している者も、内心では迷惑に感じてはいるのでしょうが、互いに注意しあうなどの行為はみかけません。むしろ、「あいつらはバカだから・・・」と、ばっさり切り捨て、放っておくように見えます。(仕方ないのかもしれませんが。)

つまり、講師と受講生のあいだ、また受講生同士において、互いへの配慮とか気配りといったものが著しく希薄になり、自分の利益のみを追求する個人がたんに一同に介している、ということです。社会学の言葉を借りれば、目の前にいるのはただの群衆にすぎない、ということでしょうか。

ただの群集相手であれば、講義も自ずから変質し、よくて見世物、多くは街頭演説の類に堕してしまいます。街頭演説であれば、聴くも去るも個々人の自由であり、見世物であれば、菓子をほおばる態度もうなづけます。

問題は、こうした非教育的時間が学士号の要件をなす単位として公的に認定され、医師免という最強資格取得のための条件になることです。(さらにいえば、小生は国公立で講義しているので、小生自身を含む納税者に対する説明責任も果たせません。)

一つの解決法は、単位認定という権力を最大限に発揮して、強権的な立場から受講生に臨むことです。落第可能性というムチを振るうことで、受講生に自分の立場をわきまえさせるわけです。ただ、教育という観点からは、効果はあまり望めないでしょう。

他方は、互いのコミュニケーションを促す、規律を自主的に定めて遵守してもらうなど、とにかく上からの強制を控えて、受講生側からの自発的な改善を期待する方法です。ただ、これでうまくゆくようなら、最初から問題は生じないともいえるわけで、悩ましいところです。

しばらくは模索の日々になりますね。。。angry

2008年6月 9日 (月)

デザインの更新など

あまり記事をアップできないまま、気がつくと6月も上旬。急いでデザインを変更しました。(序にトラックバックも整理しました。)

前の記事の趣旨とは反するようですが、自分自身の問題としてはいま少し気楽に(あるいは他人に左右されないという意味で「勁く」)過ごすために、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を読み直しています(中公の手塚訳は格調高い名訳ですが、岩波の氷上訳は平明で読みやすいです。)

といいつつ、職場ではマネジメントの実務部隊に深く組み込まれてしまい、多忙を極める毎日です。トホホ・・・

2008年6月 8日 (日)

息苦しさ

相変わらず慌しい毎日です。今日も休日出勤でしたが、帰ってのんびりとネットをしていると、「秋葉原で大惨事」の見出しが飛び込んできました。

詳しい情報は報道にまかせるとして、小生の第一印象は、最近になって無差別殺傷事件が相次いでいる、格差や貧困を否定する御用学者もいるが、やはり実態は相当深刻で、いよいよ社会病理現象を惹起する水準にまで達したか、というものです。

もちろん犯人の責任は極めて重大ですし、社会に不満が募ることと無差別大量殺傷との間には相当の距離があるので、犯行に至る個別的心理的機序は無視できません。また、たまたまその場に居合わせなかった第三者が、今回のような大事件を軽々に扱うことにためらいもあります。

ただ、類似の事件が頻回に生じていることを考えると、社会的要因として今の日本社会の息苦しさ、あるいは生き苦しさを、否定できないように思えます。自分自身に対する攻撃ともいえる自殺率が高止まりしていることも傍証になるでしょうし(デュルケームのいう「社会的自殺率」)、社会経済的格差の拡大は、所得階層を問わず、一国民全体の健康水準を低下させるという、社会疫学(social epidemiology)の知見も参考になります。

それゆえ、犯人に対する司法上の判断とは別に、今回のような悲劇的な事件を予防するために、国として、社会政策ないし経済政策的な側面から、なんらかの手立て(プチ生活保護とかベーシックインカムとか住宅保障とか)を、真剣に考えるべきでしょう。

また、個々人においても、安易な自己責任論に煽られるのではなく、他人への信頼や互酬、公平への配慮が却って自分たちの利益になること(トクヴィルのいう「正しく理解された自己利益」)に思いを致して、互いに生きやすい日本社会を築くよう、努力してゆかねばならないと思います。

一介の給与生活者に出来ることなど限られていますけれども・・・think

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